妖しな嫁入り
 お決まりのやり取りは軽く無視して、朧の視線は私の肩へ。そこには妖につけられた傷がある。庇うように重心をずらしていたことは簡単にばれていた。

「朧様!?」

 どこへと問い掛けようとした私の代わりに藤代が叫ぶ。

「急用が出来た。後は任せたぞ」

「な、何を――それはこの宴よりもでしょうか? しかも椿様を連れてとはいったい何用です。差し出がましいとは思いますが、わたくしでは手に余る事態でしょうか?」

「ああ、最重要だ。すぐに縁側へ酒の用意を頼む。この栄誉、誰が他人に任せたりなどするものか!」

 にやりと妖くし笑った朧に脱力したのは私も同じ。この妖(ひと)何を言っているんだろう……そんな呆れが湧く。ただ酌をするだけなのに、一大事のように豪語しないでほしい。

「……はあ」

 諦めたような藤代のため息が労しかった。

 朧に従い大人しく後を追う、なんてことは常ならば起こらない。警戒心を緩めることもしないだろう。けれど自ら言い出したことで手を引かれるまでもなければ真意を探る必要はない。もっとも私に酌をされたがる朧の心中は理解不能だけど。
 宴が進めば誰が消えようと大した問題ではないと、主催者は笑みを携え言い切った。その顔には悪びれた素振りもなく、そういうものなのかと私に正確な判断は難しかった。けれど藤代が聞けば異を唱えるような気がしてならない。朧の顔はそういう表情だった。

 朧は縁側に酒を頼むと指示していた。つまりそこに移動して酌をさせるのだろう。
 足を進めるごとに宴の騒がしさが遠ざかり、つられるように私の肩からも力が抜けていく。罪滅ぼしのために給仕を申し出たとはいえ肝は冷える。どんなに平静を取り繕おうとあの場にいる全ては妖なのだから、刀の一振りもなく紛れ込むのは心許なかった。
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