妖しな嫁入り
 では何故行動に移したのかと問われれば、朧がいるからだ。朧がいるから大丈夫、そんな都合のいいことを考えた頭を殴りたい。けれど悲しいことにそう認識しているのが現実だった。

 宵闇に浮かぶ朧は怖ろしいほど美しい。風に揺られる髪を気にするでもなく、切れ長な瞳が見つめる先には神々しく月が輝いている。なんて美しく妖しい光景なのだろう。
 私はといえば、そんな朧から一人分の距離をあけ正座している。やがてあけていた場所に酒が置かれた。

「はい」

 事務的に声をかける。注ぐので構えろと促したつもりだ。ただ透明な液体を注ぐだけ、簡単な仕事と割り切ることにする。ともすれば、注ぐのは水でも良いのでは?

「水でも良い気がする」

「なんだ?」

 疑問をそのまま口にすれば朧が問う。惑わされるのはいつも私なので珍しい光景に少しだけ優越感を抱いた。

「別に……熱いと思っただけ」

 独特の匂いが香りるだけで慣れない私はむせてしまいそうだ。

「心地良いものだろう?」

 どこか夢見がちな思考は酒に当てられたせいかもしれない。これが酔うということか。だとしたら私はよほど酒に弱い体質なのだろう。

「そんなこと――」

 続きは言葉にならなかった。もう、何を言うつもりだったのかさえ覚えていない。動揺した勢いに傾いたのか手に冷たい液体が触れ、いっそう酒の匂いが強くなった気がする。
 朧に口付けられ私の頭は真っ白になっていた。それはほんの短い間のことで、拒む暇も反撃する隙も与えてもらえない。完全に私が油断している隙を狙われた。

「お前、何を……」

 夢うつつのようにおぼろげで現実かと疑いなるほどの刹那。けれど唇に触れた熱さと酒の匂いが現実だと訴えてくる。

「このっ!」

 ようやく事態を受け入れた私の取る行動なんて決まっている。

「暴れるな、零れるぞ。ああ、勿体ないな」

 朧が酒に濡れた私の手を――舐めた!?

 我慢の限界だ。
 もとより口付けられた段階で我慢という選択肢はあり得ない。現実に起こったことだと認識するまでに時間を要しただけのこと。瞬時に張り手を繰り出すべく攻撃するが読まれていたように阻まれた。

「どうした? ああ、こちらも舐めてほしいか」

「ふざけるのも大概にして!」

「君の酒が美味くてね。少しばかり呑み過ぎたようだ。酔っ払いの戯れだと思ってくれ」
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