妖しな嫁入り
「嘘をつくな。藤代が、お前は底無しだとよくぼやいている」

「チッ」

 実に綺麗な舌打ちを聞きながら手の自由を取り戻す。
 迷惑をかけた自覚はあった。だから朧が望むなら、この瞬間ばかりは大人しくしていようと思ったのに……頑張りも全て台無しだ。罪滅ぼしなんて自己満足を計画したのがいけなかったのか、所詮私には似つかわしくない行為だった。

「もういっそ頭から被る!? なんなら私が陶器ごと投げつけてあげる!」

 ギュッと、手の中で酒が揺れた。人がこんなに振り回されているというのに朧はなにがおかしいのか笑っている。

「何?」

 それが感に触って隠す気のない不機嫌な反応を示す。

「君はそうして凛としている方が似合っているな」

 すぐさま立場は逆転、また首を傾げるのは私の方になった。

「先ほどまでは随分しおらしく、まるで別人かと思うほどだ。あれはあれで良いものだが、こちらの方が好ましい」

 全力で呆れ言葉に詰まる。私がうろたえている一方で朧の意識は手元の酒に戻っていた。
 つまり私らしくない、と。だってそれは――せめて自分にできることをしたいと思ったから。屋敷の妖にも朧にも、助けられた恩は返したいと思うから。だからこそ大勢の妖の中に身を置く状況にも耐えた。大人しく朧に従い酌もして……そこまで考えれば発言の意図もぼんやりとだが思い当たる。

 屋敷の者に迷惑をかけたことで私が気に病まないようにわざと挑発している?
 私を煽っていつもの調子を取り戻させて、自分が悪者のように振る舞っているの?
 まさか……あの中から連れ出す口実も作ってくれた?
 全部都合の良過ぎる解釈だろうか。

「私の、ため……」

 呟けば朧が視線だけを寄こす。けれど何も言わず、それこそが確信に触れた証のようで胸をざわつかせた。罪滅ぼしをするつもりで赴いておきながら、逆に朧に慰められるなんて情けないばかりだ。

「ここでもう一撃殴りにかかったら私の負け、のような気がする。残念、そうはいかない」

「さて、俺たちは何か勝負でもしていたか?」

「教えない」

 私の考えが正解だという保障はない。問いただしてみたいという好奇心もある。けれどいずれ別れる相手との間に正解なんていらないと思い直した。だからごく自然に距離をあけ、一時の役目を全うすべく指先に集中しよう。もう二度と零してなるものか!
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