妖しな嫁入り
生きるか死ぬか結婚か
この香り……
心が落ち着く。確か昨夜も、すぐ傍で感じていたような気がする。
昨夜? でも昨夜は――
いつものように夜の町へくりだして妖を斬ったはず。確か八十三番目、順調に役目を終えた。
けど大きな異変が訪れた。私は出会ってしまったのだ、あの妖狐と。
妖しく光る金の瞳、透き通るような白い髪。そして形の良い唇が迫って――
「――ふざけるな!」
叫ぶと同時に掛けられていた布団を跳ねのけ飛び起きる。自らの叫びに驚かされるとは強烈な目覚めだ。
大きく肩で息をするうちに意識がはっきりとしていく。
「え――」
障子の向こうから差し込む朝日に茫然とする。眩しいほどの光は朝を告げていた。
「朝……? そんな、いつの間に……」
何が悲しいのか、自分でもよくわからない。それなのに私の目からは堪えきれない涙が溢れていて拭う気にもなれなかった。もう何もかもどうでもいいと思っていたのかもしれない。
「どうした、椿」
そう、今の今まではどうでもいいと思っていた。次の瞬間には涙も枯れ果てる勢いで冷めたけれど。
ギリギリと首を巡らせれば、これは夢の続き? 枕元に妖弧が座っていた。間違いなく悪夢。
「妖弧、どうしているの」
「俺の部屋だからな」
当然のように告げられる。
「なっ!?」
嘘でしょう!? とは言えなかった。
そう、この香り。部屋にはあの時、腕の中で感じた香りが満ちていた。
「それで、何故泣く」
「答えたくない」
何をさらっと話を進めているのか。「それで」ではない。もっと他に言わなければならないことは山積みのはずだ。
「そうか、困ったな。君が話してくれなければこちらも質問に答えられないかもしれない」
まるで困っている雰囲気が感じられないのだが。こちらに訊きたいことが山ほどあることを逆手にとられては、渋々ながらも私は口を開く羽目になる。
「……悪いことをしたから」
「なんだと?」
口にしてすぐ後悔した。出まかせをでっちあげれば良かったのだ。例えば妖に連れ去られたのが怖くて泣いていた、とか。……それは負けたようで悔しいので却下するけれど。
「日が昇るまでに戻らなければいけないと……」