妖しな嫁入り
 それがいつの間にか元凶が隣を陣取っているけれど、稽古に疲れた体では別の場所へ移動するのも億劫で。何よりも私が移動するのは負けたみたいで嫌だった。

「聞いている」

 朧は満足そうに、そうかと微笑んだ。

「そこに立ってみろ」

 そこと指示されたのは日の当たる庭先で真っ先に嫌がらせかと疑った。

「朧……」

 じっと睨み付ける。相変わらずだがこの妖は唐突に何を言い出すのか読めない。

「言ったろ、閃いたと。試してみたいことがある」

「……わかった」

 卑屈になりながらも私は足を動かし太陽に照らされてやる。やはり足元には影がなく、私にとって太陽は敵だ。

 これは戒め。名無し、影無し、あの頃の自分を忘れてはいけない。私は日の光の下を歩けない。

 人の葛藤なんて知らない朧は、やはり影がないなと勝手に納得している。
 そんなことお前に言われるまでもない!

「野菊、手はず通りに頼む」

「はい。お任せ下さい」

 朧に呼びつけられたであろう野菊が私の隣に立つ。二人の間ではすでに話がまとまっているようで、ついていけないのは私だけだ。

「君は立っているだけでいい」

 わかったと頷いたけれど全然わからない。

「それでは椿様、失礼いたします」

 ポン――という景気良い音がしたかと思えば、煙に包まれた野菊は姿を消した。どこへ行ったのか、朧に視線を向ければ指で足元の方を示される。

「こんなことって……」

 唖然とするのも無理はない。
 私の足元には黒い塊がある。体を動かせば形を変え、足を動かせばついてくる。それは紛れもない私の影と呼ぶべきものだ。

「これ、まさか野菊?」

「はい、私にございます。私も変化は嗜んでおりますから」

 影に向かって問い掛ける。そして影が答えるという不思議な現象が起こっていた。

「これでいつでも町に行けるだろう。また付き合ってくれないか?」

 また。それはまた、二人であの日のよう外出したいということ?
 あの雨の日のような時間を過ごしたいと朧は望んでいる?

「朧は、私でいいの?」

「ああ。君が良い」

 藤代でも野菊でもなく私。だとしたらその判断に至った理由について上げられるのは一つ。

「また私をもてあそぶのね」

「おい、どうしてそうなった!? 表現に問題がありすぎる!」
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