妖しな嫁入り
 朧が項垂れ、身を乗り出す。忙しい妖だ。

「私は言葉選びを間違えた? ええと、これが違うなら……からかう?」

「俺がいつ君をからかったと?」

「わりといつも。町に行った日は、特に酷かった」

 あの雨の日はさんざんに振り回された。出かける瞬間から傘を隠され、人に溶け込み生活している妖と引き合わされ……思い返しても恨みがましい。まず警戒して損はない。

「君が可愛くてな」

 嘘に決まっている。どうせ面白くて、だろう。つくづく講師が藤代で良かったと思えた。
 でも、こういう時に告げる言葉は決まっている。

「たとえどんな思想が入り乱れようと……ありがとう」

「随分と前置きの長い感謝だな」

「お前が悪い」

 ただ正直に感謝だけを告げさせてくれない妖。一筋縄でいかない朧が悪いのだ。

「恐れ入りますが朧様、椿様。私は席を外しましょうか?」

 そうだった。影があまりに自然で野菊の存在を忘れていたなんて不覚。

「あの……必要ないけど、どうして?」

「良い雰囲気でしたので、これ以上邪魔になる前にと進言させていただきました」

 さすが女方の筆頭、気遣いができる。

「必要ない」

 切り捨てれば朧も同意する。その通りだ。どこに良い雰囲気が――

「気を使わせて悪いが心配には及ばない。もっとも椿が望めば話は変わるが」

 途中までは同意見だったのに。後半、何故ちらりと私の反応を窺う必要があるのか。

「朧。特訓の成果、刻ませて」

「やれやれ、手厳しいな」

 諦めたように肩を竦める朧がようやく退散する意思をみせる。
 入れ違うように藤代が戻り稽古が再開されようとしていた。
 野菊はそのまま私の足元に。なんでもどんな動きにも対応できるよう彼女も特訓するそうだ。

 朧が与えてくれた小さな奇跡。嬉しいと感じたことは否定できないけれど、私にとっては焦りに拍車をかける材料でしかない。着物に装飾品ばかりか、形のない贈り物まで増えていく。

 これは私を絆すための手法に違いない。誰だって命を狙われるのは心が休まらないはず。だから私という脅威を消し去りたいのかもしれない。

 でも本当に、朧は私を懐柔しようとしているの?

 そんな回りくどいことをしないで殺してしまえば済む。朧にとっては容易いことだろうにそうしないのはどうして、なんで……考えるほどその答えに行きつくばかりだった。

 私なんかがお前に相応しいと、本気で思っているの?
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