妖しな嫁入り
 今宵の月も美しい、そんなありふれた夜のこと。
 以前の私ならこんな夜には……ああ、違った。こんな夜でも妖を狩っていた。月を見上げる余裕なんてあるはずもなく息を切らして戦うだけだったのに、現在(いま)私は穏やかに月見をしている。

「いつも付き合わせて悪いな」

「その顔は説得力に欠ける」

 整った顔立ちそのまま言われては口先だけにもほどがある。

「そうかい? なにせ手元には美味い酒が、天には極上の月が、そして隣には君が居る。満たされていれば表情も緩むさ」

 私には理解が難しい理屈だった。

「しかし君は退屈か?」

「退屈、とは違う」

 月を見るという行為自体は嫌いではない。影のない私を見ていてくれたのは夜空の月だけ、親近感も湧くというものだ。
 いつだったか、朧は私が凛としていると言ってくれた。しかも月のようだとも。あの時は『緋月』の話で有耶無耶になってしまったけれど、朧の目は節穴だ。凛としている? 月のよう? そんなわけがない。

 本当に、あの月のように在れたなら……こんな感情に戸惑うこともなく、迷うこともなく、ただ凛としていられたら良かったのに。

 そして今、私の隣には月の名を持つ美しい妖がいる。
 退屈している暇なんてない。気を抜くことは許されない。酌をしながらも、いつになったら朧が酔いつぶれるのか機会を窺っているのだから。

「だが、口寂しくはあるだろう? ああ、月見といえば団子でも用意させるか」

「団子……」
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