妖しな嫁入り
「甘味は口にしたことがないか?」

 放っておけば山盛りの菓子を用意しそうな朧を止めるためも首を横に振った。

「団子はわかる。野菊が、くれたから」

「ほう」

 ありふれた、というか間の抜けた会話だ。命を狙っている相手に団子の話をしているなんて滑稽。

「三色の団子で、人気の店だと言っていた。私のために買ってきてくれたと、いつかその店に案内してくれるとも……」

「そうか」

 深い意味なんてない。ただなんとなく話したいと、そう思った。

「野菊の言う通りだった。とても美味しかった」

「君は団子が好物なのか?」

「好物も何も、食べたことがないから。だから美味しくて驚いたの」

「そうか」

 まるで自分のことのように朧は嬉しそうに微笑む。

 一つ零れれば、次いで私の口からその日の出来事がぽつぽつと零れていく。
 野菊が買ってきてくれた団子、一緒に飲んだ濃い目の茶が美味しかったこと。
 藤代が褒めてくれたこと。
 庭に咲く、今日習った花のこと。
 遮っても構わないのに、楽しい話でもないのに、黙って耳を傾けてくれる。それどころか楽しげに口元を緩めていた。

 両の手では足りないほどに共有してしまった時間。
 ひとしきり話し終え、私はまた空になった分だけ酒を注ぐ。

「なあ、椿」

 私なんか見ても面白いことはないと、何度反論したかわからないのでその点に関しては触れなかった。

「君は妖をどう思う?」

「狩るべきもの。私の敵」

「相も変わらず、ぶれないことだ」

「変えていい、ことじゃない」

 何を期待していたのか知らないし訊くつもりもない。訊いたところで呆れるか取り乱すのは恐らく私だから。

「変えられないではなく?」

「あ……」

 この屋敷にきてから以前とは比べ物にならないほど話すようにはなったけれど、相変わらず言葉というものは難しい。私は言葉を選び間違えたのだ。変えられないと強く否定するべきだった。これではまるで変えたくないと言っているように聞こえてしまう。

「これは違っ――」

「椿、妖にならないか」

 心でも読めるのか、なんて時に囁きかけるのだろう。朧の言葉は私の胸の深いところにまで届いてしまった。
 風が髪を揺らし、草木は音を奏でているはずなのに、私の周りだけ時が止まっている。取り残された私だけが……惑わされている。

「妖、に?」
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