妖しな嫁入り
 ようやく紡げた言葉は酷くかすれていた。

「馬鹿を、言わないで。私は人間、そんなことできるはずない」

「それは人が妖になれるはずがないという意味か、それとも君が人でいることを望むという意味か?」

「もちろん、両方で……」

「では君の憂いを払おう。人が妖に転じた前例がないわけではない」

「嘘!」

「特に君は半分こちら側、望むは君次第ということだ」

「違う」

「半分妖だからこそ見えるし、斬れもする」

「私は……」

 妖を斬れる理由なんて考えたこともなかった。この目に映るのも、あまりに馴染みすぎて当然だと思っていた。

「心こそ、その者の在り方だ。君は人、そう思っているからいけない」

「いけなく、ない。お前はまるで私が望むと言いたげ。でも私は望まない!」

「俺の妻になるには都合がいいぞ」

「得な要素が見当たらない。その自信はどこからくる? 急にこんな……。こんな話を持ち出すなんて変。まるで――急いでる?」

 指摘すれば心当たりがあるのか朧がわずかに息を呑む。

「……そう、だな。ははっ、君の言う通りか」

「朧?」

「すまない。指摘されて気付いたが、俺は焦っていたようだ」

 屈託なく笑う朧に今度は私が困惑する。

「明日、緋月の元へ出向く」

 朧が『緋月』のことを話すのはこれが二度目。滅多に聞くことのないその名にいぶかしむ。

「わざわざ宣言する必要はないこと。お前はいつも勝手に行動しているのに……」

「俺たち二人のことだ。君にも知っていてほしい」

「え?」

「妻に手を出されて黙っていられるものか」

「は?」

「先日の件に関して抗議の文ならとっくに送っているが謝罪の一つもない。本来なら即日屋敷に乗り込み火を放っていてもおかしくないのだが、君を一人にするのが心配で今日まで耐えていたところだ」

 俺も丸くなったものだと朧は語るが、この妖(ひと)は何を言っている。

「俺の妻に手を出したこと、後悔させてやろう」

「……私を心配する必要はないし、子が親に会うことを止める理由もない。でも一応、何を言うつもりか先に訊いておきたい」

「俺の妻は椿ただ一人。余計な手出しはやめろ」

 簡潔にまとめてやったがどうだ、とでも言いたげな朧である。ああ、緋月という顔も知らない妖の気持ちが少しだけ理解できてしまった。
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