妖しな嫁入り
「緋月という(ひと)が心配するのも分かる」

「なに?」

「朧は恵まれている。地位があって、大切にされて、愛されて」

 悔しいから声には出さないけれど、朧は優しい。美しく強さも併せ持つ、そんな彼の隣を望む妖はたくさんいるだろう。

「お前はたくさんの妖に慕われている。選び放題のくせに、それが急に、こんな人間の女を囲いだせば焦るに決まってる。どうかしてる……」

「心外だ。俺が軽薄のような言い方は納得できんな」

「出会い頭に求婚するような(ひと)、どう判断しても軽薄」

「俺は愛情深い男だぞ」

「そんなこととっくに――……」

 知っている。
 そばにいて気付かないはずない。朧が多くの妖に慕われているのは愛情深い証。

「なおさらたちが悪い。こんな人間を選んでいいはずがない」

「それがどうした」

「それがとうした!?」

 頭に血が上ったのがわかる。どうして朧は諦めないのか、理解してくれないのか。

「早く相応しい相手を見つければいい。そうすれば抗議なんて必要なくなる」

 わかっているくせに。私でもわかるのだから、朧にわからないはずがない。

「……ああそうだ。だからこそ俺は急いていた。君が妖であれば、君を否定する理由が減るからな」

「私は……」

「さて、即答されなかっただけ進歩かな?」

「ふざけないで」

 違う、違う! 否定する前に朧が打ち消しただけ。勢いに呑まれただけ!

「……もう、空。戻る!」

 私の役目は終わったのだ。空いた器を急いでまとめ勢い任せに走り去る。優雅の欠片もない仕草は藤代が見ていたら怒っただろう。

 朧からの誘い。それが私にとってどんな意味を持っていたのか、部屋へ戻っても答えは出なかった。

「私が、妖に?」

 思った以上に朧の誘いは私の心を揺さぶっている。

「違う! そんなことない!」

 早く忘れてしまえ、聞き流してしまえ!

 この身体を浸食するそれは毒?
 わからない。わからないけれど……それは確かに私を蝕んでいる。


 翌朝、朧と顔を合わせることはなかった。
 朝早くから緋月の元へ向かったらしく、藤代からは聞いていないのかと不思議がられた。
 まさかこんなに早く立つとは思っていなかった。もし私があの場に留まっていたら、朧は出立の時間も話してくれたのだろうか。
 もしもを考えても仕方ない。最後まで聞かずに逃げたのは、愚かなのは、私だ。
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