妖しな嫁入り
 早急に妖屋敷へ帰るべきだろうか。けれどもしつけられていたら、屋敷の者たちに迷惑がかかる。何より、こんな中途半端な私が帰って、いいの?

 じきに日が暮れようろしているが野菊は戻らない。何かあったのかもしれない。完全に夜になれば私も動ける。とにかく野菊を探そうと思う。

 ジャリ――

 それは夢から覚める音だったのかもしれない。

「野菊?」

 しゃがみ込んでいた私は足音に顔を上げ、目を疑った。

「あ……」

「生きていたのか」

 記憶が見せた幻ではなかった。
 少しかすれた老人の声は嫌というほど耳にこびりついている。

『人でいたければ人の役に立て、妖を狩れ』

 浅ましい、怖ろしい、汚らわしい――

『影がない人間などいるものか』

 あらゆる侮辱を含ませなじりながら私に『贈り物』をくれた人。望月家の当主様がいた。
 もしささやかな願いが叶うなら、野菊が戻らないことを願いたい。優しい彼女を巻き込みたくない。当主様の妖嫌いは私以上、それはもう憎悪と言っても変わりないほどだ。ここに彼女がいれば間違いなく斬れと命じられてしまう。

「てっきり妖に食われたと思っていたが、健在とは驚いた。何故、戻らない」

 あれから何度夜を繰り返したかと当主様は私を責めている。

「夜明けまでに戻れと、日が昇れば、決して戻ってはいけないと……」

「どうした? まさか迷子になって戻れなった、などと無様なことは言うまい」

 私の発言はまるで無かったことのように扱われてしまう。

「お役目の、途中です」

 そう返す以外の選択肢はないということだ。

「そうかそうか、さすがお前は良い子に育ったものだ」

 当主様は笑った。褒められるなんて初めてのことだ。それなのにどうして、私は怯えている?

「では一度戻るがいい」
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