妖しな嫁入り
 怖れていた言葉を告げられてしまった。私にとって当主様の命令は絶対、唯一人で在り続けるための道。逆らえばどうなるかなんて、考えてもいけないことだ。

 朧と出会う前なら迷わなかったと思う。けれど今の私には朧との約束があった。それは私が私であるために必要なもの。たとえ命を危険にさらしてまで守りたかった約束が私をこの場に縫いとめる。

「当主様、私はまだ」

「影無しの意見など誰も求めておらんよ」

 最後まで聞いてもくれない。当主様にとって私は妖を狩るための道具。道具に意志は必要ないのだから。
 でも朧は、いつも私の話を聞いてくれた。楽しい話でもないのに穏やかな表情で、その度に妖だということを忘れそうになった。朧だったらと、狩るべき相手に希望を抱き縋ろうとしているなんて、私はやっぱり浅ましい。

 朧、私は朧に……会いたい、のかもしれない。

「遅いと思えば、こんなところで寄り道かい?」

 これは幻聴? 耳までおかしくなった?
 だって、私はこの声を知っている。艶やかで憎たらしくて、でも聞くと安心する妖(ひと)の声は――朧!?

「どう、して……」 

 声のした方を見上げれば、屋根の上から見下ろしていたのはやはり朧である。危うく叫びそうになるのを堪えた。私と朧に繋がりがあると知られてはいけない。
 帰ってきた? 違う、そんなことはどうでもいい。どうしてここに?

「決まっている。帰りが遅いので迎えに来た」

 どんな場面でも朧は変わらない。相変わらず呆れるような理由を述べてくる。

「お前、妖か」

 当主様が嫌悪を露わに朧を睨む。朧はそっけなく「さてね」と答えて私の前に降り立った。

「ほう……。影無しよ、勤めを果たせ」

 私の勤め、それはつまり……
 当主様は朧が妖であると認識したようだ。投げ捨てられたのは初めて貰った『贈り物』だった。

「これは私の!」

 失くしたと思っていた残酷な『贈り物』は再び当主様によって与えられた。

「落ちていたそうだ。刃が黒く呪われているのではないかと、町の者が不気味がって納めてきおった。さあ、もう二度と落とすでないぞ」

 逃げ場はない。私が死ぬか、朧が死ぬか……
 覚悟を決めてそれを拾う。久しぶりにの感触。毎日毎日、これを手にして妖を狩った。感触だって忘れようがない、はずなのに……私の刀はこんなに重かった?
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