妖しな嫁入り
「君……」

 朧は特に驚くこともなく受け入れてくれた。彼は敏い妖(ひと)だから、こうするしかないことを理解してくれたのかもしれない。そうであってほしいというのは都合の良い願望だ。

 言葉なんていらないと思った。語り合うなら刃で、初めて出会った日のように刀を振り下ろせ! 全力で斬りつけようと私は刀を振り上げた。
 けれど朧は指一本すら動かさない。

 どうして反撃しないの?
 いつもならとっくに私の腕は拘束されている。もしくは刀を弾かれている。このままだと朧の肩を切り裂いてしまうのに!

「どうして避けない!」

 刃が肩を切り裂く寸前、私は怒鳴っていた。

「何故? 避ける必要があるのか?」

 朧が肩先で震えたままの刃を掴んだ。

「何をしている! 早く狩れ!」

 当主様の怒声が私を揺さぶる。

「私、私は……」

「さあ、早う。お前が人だという証を見せておくれ?」

 耳朶に絡みつく言霊が私の手までを震わせる。できなければ今度こそ立派な反逆者だ。
 すると朧はあろうことか切っ先を己の首筋へと導いた。そこを突けば息の根を止められる場所へ。

「やっ、やめて!」

「どうした? 八十四匹目は俺なのだろう?」

「それは……」

 そうだ、これが正しい関係。何度となく朧の首を狙ってきた。だからできるはずなのに――
 私は刀から手を放していた。
 刀だけが虚しい音を立て転がる。できないと言っているも同然だ。当主様の前で、なんて無様な失態だろう。

「何をしている! 愚図な影無しめ。絶好の機会ではないか」

「も、申し訳ありません!」

 当然の叱責だ。自分でも訳がわからなかった。

「どうした?」

 朧だけが優しい言葉をかける。私たちだけが遠い場所にいるようだ。

「どうも、しない」

「そんな顔で何を言う」

 滴が私の頬を濡らす。雨は振っていないのに、一つまた一つと落ちて行くそれは私の涙。

「……こんなの、こんなのおかしい! 私じゃない!」

 朧が拭うけれどその度に止めどなく零れていく。

「なあ、帰ったらまた付き合ってくれないか? こないだの続きをしよう」

 きっと月見の話だ。さっきまで私も同じことを願っていたけれど――

「もう遅いの。無理よ」

 訳が分からなくて、とにかく朧から離れなければと思う。

「違うの、だめ……私っ……」
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