妖しな嫁入り
 考えたこともなかった。妖を狩り望月家へ戻って、その繰り返し。それが私の日常で、それ以上の感情を考えたことなんてない。だから私には――

「お前の言葉はよくわからない」

「難しいことを言った覚えはないが? それと『お前』ではない。朧(おぼろ)と呼べ、椿」

「誰が呼ぶものか妖。それから私のことも椿と呼ばなくていい」

「名前がなければ不便だろう」

「どうして知っているの?」

「なんのことだ?」

「だから! 私に名前がないことをどうして知っているかと訊いた」

「は? 君には名前がないのか!?」

 いや、驚かされたのは私の方だ。てっきりそのつもりで話していると思い込んでしまった。

「俺はただ、名乗りたくないだけかと……」

 つまり墓穴を掘ったということだ。納得して、私は違うという意味で首を振る。

「私を産んだ人も、私を産んだ人を産んだ人たちからも、与えてはもらえなかった」

 きちんと説明したのにもかかわらず、妖狐がさらに困惑した表情を浮かべているのは何故だろう。

「何だ? ややこしいが……つまり両親と祖父母のことでいいのか? 素直にそう言えばいいだろう」

「そう呼ぶことは許されていない」
 
 たとえ誰に見られていなくても怖くて呼べなかった。

「影がないからか?」

 頷いて、私は両手の掌を見つめる。通う血は同じ、人間から産まれたはずが、どうして私には影がない? いくら考えたところで答えが出るはずもないのに。

「それで、ここはどこ? そろそろ私にも質問をさせて」

 質問攻めにされているのも癪だ。

「すまないが、君の家を知らないので俺の家に招かせてもらった」

 まったくもって悪いという意思を感じないのだが。嘘をつくならもっと上手くやってほしい。ほのかに弧を描く唇が憎らしい。

「私を生かしてどうするつもり?」

「妻にする」

「戯言」

「君は男の真摯な求婚を戯言と笑って流すのか? 趣味が悪いな」

「どこの誰が『真摯な求婚』をしたのかまず教えてほしい」

「なに、死んだことになっているなら好都合。このまま嫁入りしてしまえ」

 名案だと呟く妖弧に、殴る蹴るの攻撃は有効かと真剣に考えた。

「……そうして私を食らうの」

「なんだと?」

「妖は人に仇なす、人を食らう」
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