妖しな嫁入り
「俺もいずれは一族を背負う身だが、こうはなりたくないものだ」

 私の胸に巣くうものは怒りと形を変えていた。朧が代わりに怒ってくれたから、もう十分。

「ありがとう、代わりに怒ってくれて」

「君……」

 感謝を告げて当主様に向き直る。これは私が決着をつけるべき問題で、甘えるわけにはいかない。

「影無し、それを斬れ。そ奴の首と引き換えならば、特別に望月の人間と認めてやろう! 健気に頑張っていたではないか。そうだろう?」

「……その通り、でした」

 こんな人たちに認められたくて妖を狩り続けた私も罪深い。

「夜ごと狩に出ることもない。妖の数を数え、孤独に怯えることもない。ああ、名もくれてやろう!」

「それは出来ません」

 あれほど憧れていたはずなのに迷うこともない。私の心はちっとも揺れなかった。

「なんだと?」

「私はもう影無しでも名無しでもありません。椿です」

 冷静だった。激高も動揺も、牢で使い果たしたのかもしれない。

「そのような名に意味があると? 血迷うたか」

「命令されるまま、傀儡のように妖を斬っていた頃とは違う。これからは自分で考えて、したいことをする。これが私の意思です」

 朧は何も言わない。それこそが信じてくれている証のようで誇らしかった。

「そこの妖なら受け入れてくれると? お前は同胞を斬り殺したというに、受け入れられると本気で思うているのか?」

「確かに私は、何度も妖を斬りました。妖からも怨まれる存在なのでしょう」

「それみたことか!」

「でもこれが私です」

 呪われていても罪を重ねていても、それが私という存在を形作っている。今日まで生きてきた私を否定されたくはない。
 呪われて産まれてきたから朧に会えた。こうして寄り添うことができた。
 たくさん斬った。
 たくさん殺めた。
 この感情を後悔と呼ぶのなら、これからはたくさん守りたい。殺めた数だけ、それ以上に助けたい。生かしたい。妖も人も、私が助けたい。

「この家に迷惑はかけません。たとえ影を従えようと当代の呪い子は私。私が生きている限り望月家に次の呪いは降りかからない。だからお前たちは安心していればいい」

「勝手なことを、ふざけるな!」

「二度と戻りません。死んだものとお思いください」

「そんな勝手がまかり通ると思うているのか!」
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