妖しな嫁入り
「通るさ。彼女は俺が攫わせてもらう」

 朧はふわりと私を抱き上げる。安心させるように腕で囲い、ぴたりと胸にくっつけさせた。朧の香りが私を満たす。
 刀を抜いて威嚇する人間たちを嘲笑うように易々と飛び越えた。

「貴様ら……」

 激高する当主様の声が遠ざかりつつある。


 妖と人――

 当主様は頑なに否定し続ける。違うことに怯え、拒絶する。そんな当主様を非難する資格はない。望月家を軽蔑するつもりもない。私だって初めは朧が大嫌いで、妖が憎かった。ひとたび気持ちを理解してしまえば同じ存在に落ちてしまうようで、怖かった。
 でも、そんなことはなかった。
 私は朧がいてくれたから知ることが出来たけど、当主様には教えてくれる妖(ひと)がいなかっただけ。私が変わったように、当主様と歩み寄る未来があるのかもしれない。
 けれどこの場で距離を縮めることは難しい。思想を強要するのも都合が良すぎる。解決にはきっと時間が必要で、永遠にこの場に留まることは出来ない。だとしたら、今この時は二度と会わないことが互いのためになる。

「今日まで育ててくれたこと、感謝しています」

 別れの挨拶にしてはあまりにも一方的だ。返る言葉があるわけもない。惜しむ猶予もないそれが最後の会話となった。

 朧と共に翔け、小さくなる望月家を眺め思う。
 私は永久に生きる者、もうこの家が呪われることはない。新たな怨みをかわない限りは……

 攫うように抱き込まれ空を翔ける。
 自分で立てると主張すれば、君は怪我をしているだろうと否定された。怪我をしたのは掌なのに。結局いくら暴れても解放されることはなかった。
 
 影無し――

 追いすがるような当主様の叫びが遠のく。
 その姿もじきに見失った。

「さようなら」
 
 それは家族へと向けたものか、人であった頃の自分へと向けたものだったのか。いずれにしても呟きは空へと消えてしまう。
 もしかしたら朧だけは聞きとめてくれたかもしれない。そうであればいいと密かに願った。
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