月夜見の女王と白銀の騎士
 ──窓はなく、風もない。

 ごつごつとした石の壁に囲まれた空間を、ランタンの小さな明かりだけが頼りなく照らしている。

 白い息を吐いた小太りの男は、就寝中に消えてしまった暖炉の火を付けようと、くるまっていた毛布からのそりと出た。

 この牢は、他の牢より設備が揃っている。

 硬いがベッドもあり、暖炉もある。

 運ばれる食事も他の囚人たちよりも少しいいものだ。

 それでも男……ランベルトは不服だった。

 牢に入れられていること自体が不服なのだ。

 大侯爵である自分が、なぜこのような扱いを受けねばならぬのだと。

『私は、メアリ・ローゼンライト・アクアルーナ。私の命を脅かす者から守る為、父メイナードと母マリアが隠したただひとりの子です』

 脳裏にこびりついて離れない忌々しい記憶にランベルトは苛つきながら、ランプの炎を暖炉へと移す。

 ──いいや、我こそがアクアルーナの正統な血を継ぐ者ぞ。

 薪がゆっくりと火を纏い、やがてその身を焦がしていくのを見つめていると、奥の方から階段を下る足音が聞こえてきた。

 ひとりではない。

 ふたりか、三人か、はたまたそれ以上にも聞こえ、ランベルトが眉根を寄せるとやがてその者たちが姿を見せた。

 黒く錆付いた鉄格子の向こうで足を止めたのは、ランベルトを地下牢に連れて行くように命じた男とその部下たちだ。
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