月夜見の女王と白銀の騎士
 荒れたメアリの部屋に血は流れていなかったものの、明らかに何者かが侵入し、連れ出したと予想できた。
 騎士でも皇子でもない、ただメアリを愛する男として立っていたなら、すぐにでも城を飛び出しただろう。
 だが、ユリウスは騎士だ。
 冷静さを失ってはメアリを救えない。
 感情のコントロールも仕事のうち。
 守れなかった後悔、助けに走りたい衝動、メアリが無事でいるかの不安を必死に押し殺したのだ。

「そう見えているなら良かった」

 近衛騎士として、部隊を束ねる者として、責務を果たさんとする正しい姿に見えているならいい。
 荒れ狂う感情に蓋をして、うっすらと笑みを浮かべるユリウスに、ライルは小さく笑った。

「実はハラワタ煮えくり返ってるってわけか。ポーカーフェイスが上手いな。じゃあ、その仮面、取っ払えたらどうしたい」

 メアリを愛する男として、今の感情のまま動けるのなら。

「攫ったヤツを切り刻み、冷たいヴラフォスの大地に放って飢えた狼に食わせてやる」

 笑みを消し、底冷えするほどの冷酷な瞳。
 殺気さえ放ちかねないユリウスの様相に、ライルは恐れるどころか笑みを浮かべた。

「いい顔するじゃないか。冷静な騎士殿も頼り甲斐があっていいが、今の方が人間らしくてよっぽどいい」

 ライルはユリウスの肩をポンと叩き、目を細める。

「もし、ジョンを殺したヤツと同一犯だったら、飢えた狼に食わせせる前に俺の分もとっておいてくれると嬉しいね」

 言い残した一瞬、ライルの双眸に怒りが滲むのが見え、彼もまた、ハラワタが煮えくり返っているのだとユリウスは悟った。

 メアリを攫った人物を前に、果たして加減ができるだろうか。
 去っていくライルを見送りながら、ユリウスは感情を制御するように瞼を閉じた。



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