月夜見の女王と白銀の騎士
 暮れなずむ空を見上げ、雨の匂いがすると言ったのは、お忍びの視察途中に出会った親友のエマだ。

 実家である酒場の手伝いに精を出すエマに、少しだけ寄って行ってと誘われた。

 果実水を一杯ごちそうになる間だけならとユリウスから許可をもらい、四半刻ほどで帰るつもりが、馴染みの客らに捕まってしまい……。

「メアリ、少し急ごう」

 店を出た頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。

 幸い、雨雲が夜空を覆っているおかけで、輝いているはずの満月は見えていない。

「ごめんなさい、こんな時間になってしまって」

「仕方ないさ。皆、君のことを幼い頃から知っていた人たちなんだろう? 嬉しそうな君の顔を見れて、俺も嬉しかったよ」

 目を柔らかく細めたユリウスは、手のひらを広げて先ほどからポツポツと石畳を濡らす雨を受ける。

 この程度であれば城までそう濡れないだろうとふたりで話し、ランタンが灯る城下町を歩いていたのだが、緩やかだった雨脚は、気付けば雨粒の数を増していた。

「強くなってきたな。君が風邪をひくといけないから、そこで雨宿りして様子を見ようか」

 ユリウスは自らの外套でメアリを雨から庇うと、井戸が設置されている東屋まで走る。

 東屋からはアクアルーナ城は見えず、メアリは人の少なくなった街を眺めた。
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