きっとこれは眠れない恋の証明。
そして、そういえばとふと思い出したように倉掛さんが言葉を続ける。
「黒瀬君は、どうして芝波社長に好きって言わないんだろう」
(は…?)
そう声が出なかったのが不思議なくらいだった。
あまりに唐突で脈略も何もない倉掛さんの発言に一瞬思考回路が停止しかける。
というか、黒瀬…君?
「って、砂川さんが言ってました」
「…あ、あぁ、砂川さんが」
倉掛さんの付け加えるような言葉で砂川さんの発言だと分かり、いかにも砂川さんが言いそうな事だと少し落ち着く。…それはそうと、倉掛さんが独り言のように唐突な話題を打ち込んできた事に変わりはないのだが。
「黒瀬さん、芝波社長の事が好きなんですね。
だとしたら僕も不思議だな。どうしてこんなにずっと側にいるのに、行動しないんですか?」
唖然としてもはや言葉も出なかった。
初対面ではないとしても、今日初めて言葉を交わした相手にそんな質問はしない、普通は出来ない。目の前で首を傾げる倉掛さんは、まるで純粋無垢な質問を投げかける物心ついたばかりの子供のようだ。
だからといってここで本当の事を答えて、小中学生のように青い恋愛話を展開できる程器用な京ではない。…というか普通はそうだろう。
「大人の事情ってやつですか?だとしたら大人って厄介で嫌だな。僕はなりたくないかも」
そういう倉掛さんももう成人男性じゃないかというつっこみは内心に留めておく。人によって大人の定義はそれぞれだろう。
そうして倉掛宗次郎の言葉に何も返せずに京が黙っていると、「失礼な事言ってごめんなさい、それじゃあ」と言って、子犬のような顔で朗らかに微笑んで宗次郎は社長室を後にした。