二度目の結婚は、溺愛から始まる
カフェラテから始まる
澄んだ空気と淡い空の色に秋を感じる九月。
大学の夏休みはとっくに終わっているが、わたしはアルバイト先『CAFE SAGE』で、せっせとドリンクを作る毎日を送っていた。
『CAFE SAGE』は、五人ほどが座れるカウンター席と二人掛けのテーブル席が四つあるだけの小さなお店だ。
満席になるのはランチタイムくらいだけれど、客足が途切れることはない。
マスターの征二さんは、バーテンダーの経験を持ち、かつバリスタでもあるため、いろんなお客さまが来店する。
美味しいコーヒー目当てにやって来るお客さまもいれば、征二さんの作るランチが好きで通っているお客さまもいる。
日が暮れると、裏メニューのオリジナルカクテルを目当てにやって来るお客さまもいる。
征二さんは、一度来店したお客さまの顔は絶対に忘れないし、常連のお客さまのあらゆる情報を記憶していた。
味の好みを覚えているのはもちろん、その日のお客さまの状態やフードメニューに合わせて、ドリンクの味のバランスや濃淡、温度を変えたりする。
妥協を許さない厳しさ。
無駄のない、流れるような動作。
どんな小さな変化も見逃さない、観察眼。
征二さんには、ドリンクを作る技術だけではなく、大事なことをたくさん教わった。
大学卒業後、友人たちと念願のカフェを開くまであと半年。
わたしは、征二さんから学べることは、ひとつ残らず学ぼうと思っていた。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
カウンターでくつろいでいた常連のお客さまを見送った数秒後、新たなお客さまが入って来る。
「いらっしゃいませ」
仕立てのいいビジネススーツを着た背の高い男性。
二十代半ばくらいと思われる、涼し気な目元が印象的なイケメンだ。
「今日のオススメでお願いします」
彼は、低く柔らかな声で征二さんにいつものオーダーを告げ、窓際の席へ向かう。
(今日も、会えた)
思わず笑みがこぼれかけたが、こちらを見ている征二さんと目が合い、慌ててエスプレッソマシーンへ向き直る。
昼間のシフトに入るようになった先月から、平日の午後にやって来る彼のことを知った。
来るときはいつもひとり。
時間はまちまちだから、営業職なのかもしれない。
取引先回りの合間に、ひと休憩といったところだろうか。
オーダーは、いつも「本日のおすすめ」だ。
今日の彼は、スマホを見るでもなく、鞄から書類を取り出すでもなく、大きな窓から降り注ぐ陽の光に目を細め、小さな庭に咲くチェリーセージをぼんやりと眺めている。
(ちょっと疲れているみたい……?)