二度目の結婚は、溺愛から始まる
(どうして、復縁が前提なのよ……結婚も離婚も再婚も、そんなに簡単にできるものではないでしょう?)
納得している二人とは対照的に、わたしはモヤモヤした気持ちを抱えたまま蕎麦屋を出た。
祖父の車は社屋の地下に停めてあるため、エントランスまで付き添ったが、ここで別れるつもりだった。
「今日は、ごちそうさまでした。お祖父さま」
軽く頷いた祖父は、エレベーターの到着を待つ間、わたしにこのあとの予定を訊ねた。
「雪柳くんは仕事に戻るとして、椿は約束があるのかね?」
「約束はないけれど、画材屋に行こうかと思って……」
蒼に頼まれた結婚式の会場デザインに、そろそろ取り掛からなければならない。
ブランクもあるし、参考になりそうな資料や場所も見ておきたいが、まずは道具が必要だ。
蓮の家には、スケッチブックすらないのだから。
「家に置きっぱなしになっているものでは、用が足りんのか?」
「そういえば……」
蓮と離婚してから日本を離れるまで、かつては家族で住み、いまは祖父がひとりで暮らす家に住まわせてもらっていた。
いらないものはすべて処分してあるが、なかには捨てられずにとっておいたものもある。
デザイン用の道具もその一つだ。
「そうね。確かめてみるわ」
「そうするといい。ついでに、ひと勝負しよう」
祖父の言うひと勝負とは、「将棋」だ。
幼い頃から祖父や祖父の友人の相手をさせられていた。
「いいわ。久しぶりに勝負しましょう」
「よし! ああ、夕飯までには帰すから心配いらんよ、雪柳くん」
「いえ、今日は帰りが遅くなるので、会長のところでゆっくり過ごしてもらってかまいません」
帰国してから、まだ祖父とゆっくり話す機会がなかったわたしとしては、初めからそのつもりだったが、蓮の言葉を聞いた祖父が、またしても余計な誘いを口にした。
「それならば、雪柳くんも仕事が終わったら、うちに寄ってはどうかね? 日本酒が好きだったろう? とっておきの酒があるんだ。北国の小さな酒蔵なんだが、実に美味い大吟醸なんだよ」