二度目の結婚は、溺愛から始まる
「はい?」
乏しい知識をかき集め、検討するのに夢中になっていたわたしは、突然呼びかけられて足を止めた。
「どこへ行く気か、教えてくれる?」
振り返れば、本日のデートの相手が、運転席の窓から顔を覗かせている。
「……あ」
考え事に没頭するあまり、無意識のうちにエントランスを出て、駅の方向へ歩き出していたようだ。慌てて引き返した。
「す、すみません……」
運転席から降り立った蓮は、くすくす笑いながら助手席のドアを開ける。
「わざとかと思った」
「そんなつもりはっ……」
助手席のドアを閉め、再び運転席に戻った蓮は滑らかに車を発進させた。
「行きつけのイタリアンの店を予約してるんだけど、好き嫌いはある?」
「いいえっ! イタリアンでもフレンチでも中華でも、美味しければ何でも食べられます」
「よかった。ところで、額が赤くなっているけど、大丈夫?」
まさか指摘されるとは思っていなかったので、つい本当のことを口走ってしまった。
「だ、大丈夫です。出がけにドアに頭突きを……」
広い肩が揺れているのに気づき、口を噤む。
蓮は、笑いを噛み殺しながら話題を変えた。
「……あのマンションに、ひとり暮らししているのかな? よく会長が許したね?」
「最初は反対されましたけど、友人とルームシェアするのを条件に、許してもらいました」
「ルームシェアか。自分も大学の時は友人と三人でルームシェアしていたけれど、いい経験になったよ」
「外国人だと、いろいろ大変なこともあったんじゃないですか?」
「それは、そうだけど……って、どこの大学に通っていたか話したことがあったかな?」
「いいえ」
「……柾か」
「はい」
この日のために、わたしは兄の柾から「雪柳 蓮」の情報を仕入れていた。
弁護士の両親のもとに生まれた蓮は、わたしの兄である柾と同じ有名私立高校を卒業し、日本の大学に入学したが二年で中退して渡米。
あちらの大学――世界中で知らない人はいないであろう超有名大学で修士課程を終え、MBAを取得。
その後、北欧の大手家具メーカーに入社したが、祖父と兄が口説き落として引き抜いた。
蓮は、二人の期待に背くことなく、三年連続でダントツの営業成績を誇り、今年の三月に社長賞を受賞。現在は、海外進出を目指すプロジェクトの主導役として、国内外を飛び回っている。
最年少で課長に昇進するのは確実だ。