二度目の結婚は、溺愛から始まる
「本人は、いい骨休めだって言ってるけどさ」
「確か、奥様もお店を経営していましたよね?」
「うん。今年の春にその店を閉めたんだ。それで、こっちを手伝うことになっていたんだけど、体調を崩してね。本人は、しばらくすれば治ると言い張ったんだけど、ぜんぜん回復しないから、無理やり病院へ連れて行ったんだ。そうしたら、即入院。ほんと余計なところで我慢強いんだ。困ったヤツだよ」
「そういうことなら、ぜひお手伝いさせてください。ご期待に添えるかどうかわかりませんが」
わたしがこうしてバリスタになれたのは、征二さんのおかげだ。
喜んで力になりたいと思う。
「椿ちゃんなら、大丈夫だよ。まずは……俺にエスプレッソ淹れてくれる?」
「はいっ!」
手渡されたカフェエプロンを着けて、七年ぶりにカウンターの中へ入った。
使い込まれてはいるけれど、磨き抜かれたエスプレッソマシーンやケトル、曇りひとつないグラスはあの頃と変わらず、征二さんの情熱と誠実さを表している。
(いまの征二さんに必要なのは……)
ジーノは、エスプレッソには、いろんなものが凝縮されているのだと常々言っていた。
だから、少量でも味わい深い。
「どうぞ」
征二さんは、ティースプーンで砂糖を二杯入れ、軽くかき混ぜてから飲み干した。
ドキドキしながら感想を待つ。
「うん、美味しい。優しくて……ごまかしのない、椿ちゃんらしい味がするね」
征二さんは、「合格」と言って笑った。
「ありがとうございます。でも、征二さんの味とはちがうと思うんです。だから、征二さんの味に近づけたほうが……」
「その必要はないよ。うちのお客さんなら、きっと椿ちゃんの味を好きになる」
そうなることを確信しているかのように、征二さんはきっぱり言い切った。
「そう、でしょうか?」
「不安なら、さっそく出してみる?」
返事は、一つしかない。
「ぜひ、お願いしますっ!」