二度目の結婚は、溺愛から始まる


「えっ」


逃げ出したい――無意識の防衛本能から、思わずドアの方へ視線を向けた。
しかし、肩をがしっと掴まれ、カウンター席に座らされる。


「逃げれば、ますます怒りを煽るだけだよ。落ち着いて安心したら、雪柳さんの怒りは消えるから、大丈夫」

「そ、そうでしょうか……」


電話口の蓮の様子から、簡単には信じられない。


「本当に、ごめんね? 百パーセント俺のせいだ。事前に雪柳さんに断るべきだった」

「そんなっ! 征二さんは悪くないです。わたしがちゃんと連絡していれば……」

「とにかく、大人しく待つしかないね。カフェラテでも飲む?」


蓮に何を言われるかと思うと、とても落ち着いてなんかいられない。何かしているほうが気が紛れる。


「大人しく待つなんて無理です……」

「じゃあ……閉店作業も手伝ってくれる?」

「はい」


テーブルを拭いたり、床を掃いたり。指示されるままに作業をこなし、十五分ほど過ぎた頃、バンッというものすごい音と共に店のドアが開いた。


「椿」


見たこともないほど険しい表情をした蓮は、箒を持つわたしに歩み寄り、手を伸ばす。
考える間もなく、硬直した身体が大きくて温かいものに包み込まれた。


「……勘弁してくれ」


頭上から降って来たのは怒声ではなく、大きな体に不似合いなか細い声だった。
しかも、しがみつくようにして、わたしを抱く手が震えている。


「……蓮?」


そっと呼びかけると、蓮はいっそうわたしを強く抱きしめて、動揺もあらわに訴えた。


「会長のところにはいないし、一ノ瀬たちも知らない。何度連絡しても繋がらなくて、何時間も折り返しがないなんて……あの時と同じで……事故にでもあったんじゃないかと思うと気が狂いそうだった」


(あの時……わたしに、連絡を取ろうとしてくれていたの?)


七年前、蓮がわたしと連絡を取ろうとしていたなんて、知らなかった。
あの時、なぜすぐにわたしのところへ来られなかったのかは聞いたけれど、それ以上の詳しい経緯は知らなかった。

知ろうとも、しなかった。


「俺には、椿の行動に口を挟む権利はないとわかっている。だが……頼むから……せめてどこにいるのかくらいは、連絡してくれ」


懇願の響きを持つ声や鼓動の速さは、蓮がどれほど動揺し、心配したかを物語っている。
とてつもない罪悪感に襲われ、広い背に腕を回して力いっぱい抱きしめた。

< 129 / 334 >

この作品をシェア

pagetop