二度目の結婚は、溺愛から始まる
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蒼の家は、閑静な住宅街――高級住宅街にあった。
道の両脇には塀に囲まれた豪邸が立ち並び、通りすがりに見かけた通行人は、一般家庭ではとても飼えないような大型犬を連れている。
「……考えてみれば、蒼ってお坊ちゃまなのよね」
蒼の父親は、業界では知らぬ人などいない建築設計士だ。母親は英国人で、インテリアコーディネーター。国内外からの依頼がひっきりなしに舞い込む建築設計会社を夫婦で経営している。
日本国内にも、彼らがデザインを請け負ったマンションがいくつもあるし、投資目的で所有している物件もあるらしい。
「だからこそ、自由人なんでしょ。蒼の新居は、昔家族で住んでいた家で、お父さんが設計したものらしいわ。ご両親が、老後はあちらで過ごすことにしたから、譲り受けたんだって。かなり改修したって聞いたけど、とってもすてきなの」
「ああ。あの家には、蒼の原点みたいなものを感じるよ」
先日、出産祝いを兼ねて、結婚式の打ち合わせに蒼の家を訪れたという涼と愛華は、ウェディング用に造られたレストランよりも、蒼の家の方がすてきだと断言した。
期待に胸を躍らせて、自動で開く門の向こうに目を凝らし……そこに広がる緑の庭に息を呑んだ。
無造作に見えて、計算され尽くしたイングリッシュガーデンは、写真集で見た有名なガーデナーの作る庭に劣らぬ美しさだった。
考え抜かれた配色で植えられている色とりどりの花。
緑に埋もれるように、さりげなく配置されたベンチ。
人工的なものと自然の調和を表現する崩れかけた壁に這う蔦。
ゆっくりと車が進むにつれ、焦茶色の外壁をした洋館が徐々に現れる。
もし、ここに足りないものがあるとしたら、フレームだ。
まるで絵画のような風景に、ようやく取り戻した息が感嘆の溜息へ変わる。
「……すてき」
「同感。こんな家に住みたいわ」
愛華と二人でうっとりしていると、デリカシーのない涼があっさり夢をぶち壊す。
「だったら、建てればいいだろ?」
「簡単に言わないでよ、涼っ! この広さの土地を買うだけでいくらすると思ってるの?」
「親父にねだればいいじゃないか」
「そんなことしたら、もれなくどこぞの御曹司との見合いがセットで付いて来るわっ!」
「いいじゃん、お見合い。売れない俳優とか売れないミュージシャンとかをペットにするのは、いい加減やめたらどうだ?」
「なっ! 売れないんじゃない! まだ原石なだけよっ! そういうあんただって、見てくれよくてオツムからっぽの女を侍らせるのはやめなさいよっ!」
「俺は、わかりやすいのが好きなんだよ。それに、侍らせてなんかいないぞ? 一度に付き合うのはひとりだけだ」
「三回ヤっておしまいだけどね?」
「三回寝れば、合うか合わないかもわかるだろ」
「寝る前に、確かめなさいよ」
「バカ。寝てみなきゃ、相性はわかんないだろ?」
「あんたが気にしているのは、そっちの相性だけなの?」
「それ以外に、気にすべき相性なんかあるのかよ?」