二度目の結婚は、溺愛から始まる
話題を変えたと見せて、いきなり直球で訊ねる紅さんに、唖然とした。
「それは……」
言葉を失ったわたしに、紅さんはくすりと笑う。
「相手がガードを固くしたら、一度引く。別の話題で油断させて、もう一度、今度はごまかせないところまで、切り込む――雪柳部長直伝、相手から答えを引き出すコツです」
「…………」
「雪柳部長は、紫の命の恩人なんです」
「え?」
コロコロ変わる話題に戸惑い、表情さえ取り繕えない。
「わたしが、めまいを起こして階段から落ちそうになったところを助けてくれた。そのまま病院へ連れて行かれて、紫を妊娠していることがわかって……。その時、雪柳部長が言ったんです。わたしを助けるのは、彼にとっての贖罪だと」
「……贖罪?」
「部長は、わたしが辛い時、苦しい時に傍で支えようとしてくれました。でも……倒れた時には駆けつけ、辛い時には傍で慰め、傷つかないように守り、幸せにしたかったのは、本当はわたしではなく、別の人だった。彼女にできなかったことをわたしにしようとした――そういうことだと思います」
「…………」
「部長が、いい加減な気持ちでわたしにプロポーズしたとは思っていません。でも、部長はいつでもわたしとの距離を保っていました。理性を失い、感情に任せて行動したことはなかった。雪柳部長は、プロポーズしておきながら、一度もわたしにキスしなかったんですよ? できるタイミングは、いくらでもあったのに。でも……総務課にいるわたしの友人が教えてくれたんですけれど、先日、社屋のエントランスでキスしていたらしいですね? 会長と一緒にいた、椿さんによく似た女性と」
何か言おうにも、喉に大きな塊がつかえたようになって、声が出ない。
頬は発火しそうなほど熱くなっているし、まともに目の前の紅さんの顔が判別できないくらい、視界も歪んでいる。
自分のものなのに、身体も心も思うように制御できなかった。
「雪柳部長は、昔飼っていた犬のことが忘れられないようでした。きっと、いまでもその犬が帰って来てくれるのを待っているんだと思います」
「わたしは……犬じゃないわ」
しゃくり上げそうになるのをどうにか堪えて抗議する。
紅さんは、涼しい顔であっさり謝罪した。
「失礼しました。訂正します。犬ではなく、犬っぽい妻、ですね」
「…………」