二度目の結婚は、溺愛から始まる

引き寄せられるまま、広い胸に顔を埋める。

シトラスと甘いミルク。

入り混じった香りに涙腺が刺激され、じわりと滲んだ涙が蓮のYシャツを濡らす。


「迎えに来るのが遅くなって、すまなかった」


耳元で、蓮が囁いた。

本当は、そんなことを謝りたいのではないとわかっている。

言わなくてはいけないこと、伝えなくてはいけないことがたくさんあるのに、何一つ言葉にできず、首を振る。


「飲み過ぎたのか?」


その問いには、愛華が答えた。


「そうです。椿、また飲み過ぎたみたいなんで、連れ帰ってもらえますか? 蓮さん」

「わかった。帰るぞ、椿」


このまま留まっても、気まずいだけだし、せっかくのパーティーに水を差したくない。

蓮は、コクリと頷いたわたしを一度解放し、肩を抱いて歩き出す。

車の助手席に乗り込み、パーカーの袖で涙を拭ってシートベルトを締めようとした時、コンコンと窓を叩く音がした。

顔を上げると、ナンパ男がいた。


「開けてくれ」


どうしたものか迷っていると、蓮が「開けてやれ」と言った。


「……何か用?」


とてもにこやかに対応できる気分ではない。
つっけんどんだと思われることを承知で、素っ気なく問う。

ナンパ男は、そんなわたしの態度に怯むことなく、名刺を差し出した。


「二日もあれば作れる。もし、原案から大幅に変えたいところがあるなら、先に連絡してほしい」


CGの作成を依頼したことなどすっかり忘れていた。

依頼はなかったことにしてほしいと言おうとしたが、先回りしたナンパ男に断りの言葉を封じられる。


「出来上がったものを見てから、判断してくれ」


ここで再び言い争うのも億劫で、あとで断ればいいだけだと自分を納得させた。


「わかったわ。完成したら、連絡して。連絡先は、緑川くんが知っているから」

「ああ、だが……」

「出して。蓮」


何か言いかけたナンパ男を遮って、ウインドウを上げる。


「おいっ……」


黙って事の成り行きを見守っていた蓮は、無言で車を発進させた。

バックミラー越しに、立ち尽くすナンパ男の姿が見えたが、不躾な態度を申し訳ないとは思わなかった。


「蓮。わたし……少し、寝てもいい? 昨夜遅くまで描いていたせいで、眠くて」

「ああ。かまわない」


眠いと言ったのは、沈黙の口実だ。
できればもう少し気持ちを落ち着けてから、蓮と向き合いたかった。

何を、どこから話すべきか。
誤解のないよう伝えるには、どんな言葉を選ぶべきか。

そんなことを考えながら、心地よい揺れと酔いに身を任せていたが、連日寝不足だったこともあり、自分でも思っていた以上に疲れていたらしい。

いつの間にか寝入ってしまい、気がついたときには夜が明けていた。


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