二度目の結婚は、溺愛から始まる
どこからどう見ても、父が悪いとしか思えなかった。
秘書と不倫をし、子どもまで作って、しかも祖父と兄が動くまで、何の責任も果たそうとしなかったのだ。
「これまで、椿に話す機会がなかったけれど……実は、わたしの両親にはお父さまとの結婚を反対されていたの。九重は裕福な家だけれど、うちはちがう。家格が釣り合わない相手と結婚しても、上手く行かないって……。でも、わたしはお父さまのことが大好きだったから、半ば家出するようにして、九重の家に入ったのよ」
「わたし……お母さまとお父さまは、お見合い結婚だとばかり思っていたわ」
母の両親は、わたしが幼い頃に亡くなっているので、一度も会ったことがないのを不思議に思ったことはなかった。
それに、物心つく頃にはすでに父と母の関係は冷めきっていたので、二人が恋愛結婚だったなんて想像もつかない。
「画廊に勤めていた時、お得意様だったお父さまと出会ったの。お互い、ひと目ぼれだったわ。お付き合いを始めて、三か月も経たないうちに結婚を決めたのよ。右も左もわからないまま九重に嫁いだわたしは、未来の社長夫人として恥ずかしくないよう一生懸命頑張ったわ。いろんな習い事をして、社交の場にも積極的に参加して。でもね、お父さまはそんなわたしの行動を喜んではいなかった。逆に……がっかりしていたの」
「どうしてっ!? お父さまのために、頑張ったんでしょう?」
「そのつもりだったわ。でも……離婚する時、最後に言われたのよ。わたしは変わってしまったって。お父さまが好きになったわたしは、もうどこにもいないって」
「そんな……そんなの言い訳よっ! お父さまが、お母さまに言えばよかっただけじゃないの。頑張らなくていい、そのままでいいんだって……」
「お父さまは、何度も言ってくれたのよ。でも、わたしはお父さまの言葉を聞こうとしなかったの。自分に自信がなかった。お父さまが好きになってくれた自分ではなくて、みんなが認めてくれる自分になろうとして……自分を――『わたし』を見失ってしまったのよ。わたしがもっとしっかりしていれば――もっと早くに離婚する勇気を持てていたなら、彼女も苦しまずに済んだかもしれないわね」
母の顔に浮かぶ切ない笑みに、胸が痛んだ。
母には、橘 百合香と彼女の子どものことは黙っておくのがいいというのが、わたしと兄、祖父共通の考えだった。
ただし、永遠に隠し通せるとは思っていなかった。