二度目の結婚は、溺愛から始まる
手帳の秘密
夕食も一緒にという誘いを断って、母たちの家を出たのは夕暮れ間近。
蓮のマンションへ帰り着いた時には、すっかり日が暮れていた。
「椿も飲むか?」
いそいそと買って来た日本酒を冷蔵庫へ入れる蓮に訊ねられ、少し考えて頷いた。
「少しだけ」
「だったら、先に風呂に入るといい。その間に、つまみを作っておく」
「いいの?」
「凝ったものは作れないが」
蓮の言葉に甘えることにして先にシャワーを使わせてもらい、上がった時には菜の花の辛し和え、若竹煮が用意されていた。
(もう一品ほしいかも……)
貰った野菜の中からソラマメを選び、蓮がシャワーをしている間に焼き始める。
焼き上がりを待つ間、征二さんへ明日の開店前に会いたいと連絡すると、すぐに「OK」の返事が来た。
蓮の気持ちをできるだけ優先したいが、征二さんの事情も踏まえて、いい解決策が見つかるように祈るしかない。
(あとは……昨日のことを話すだけね)
蓮が何も言わないことを言い訳に、黙ってやり過ごすほうが楽だ。
でも、それではいままでと何も変わらない。
七年前にわたしたちが失ったものについて話すことは、避けて通れない道だ。
ただ、まったくのシラフで話せる自信はなかった。
蓮も、わたしと同じ痛みを抱えているのだとすれば、きっとお酒の力を借りて、少しでも痛みを和らげたいと思うはずだ。
(とにかく、酔いつぶれてもいいように準備だけはしておかなくちゃ……)
たとえひどい二日酔いになったとしても、蓮は仕事を休むなんて言わない。
クローゼットからYシャツやスーツなど一式を取り出し、仕事部屋へ持って入る。
仕事部屋で着替えながら朝のニュースをチェックする蓮の習慣は、いまも変わっていない。壁のフックにスーツをかけながら、ふとデスクの上に置かれた手帳を目にして、母の頼みごとを思い出した。
(お祖父さまの手帳!)
手帳は開かれた状態で放置されているから、見られても困るようなことは書いていないと思われる。
それでも、一応ひと言断ってからにしようと思い、バスルームにいる蓮に声をかけた。
「蓮。お祖父さまに手帳をプレゼントしたいのだけれど、蓮が使っているものを参考にしてもいい? デスクの上にあったのがそうよね?」
蓮の返事はシャワーの水音ではっきり聞こえなかったが、「ダメ」ならあんな風に放置はしないはずだと解釈して、再び仕事部屋に戻り、デスクの上の手帳を取り上げる。
A5サイズの手帳は海外ブランド製でリフィル式。手に馴染む質感は、本革。使うほどに味が出るところは、祖父のお気に召すだろう。
カレンダー、メモなど好みのものをセットできるし、カバー裏には挟み込み式のものとファスナー付きのポケットがある。
(けっこう、厚みがあるものも入る……?)
何気なくカバー裏に挟み込まれていた冊子らしきものを引き出し、手が止まった。
手帳のポケットから出て来たのは、あるはずのないもの。
わたしが名前を書いたきり、一度も使わずに捨てられたはずの――真新しい母子手帳だった。