二度目の結婚は、溺愛から始まる
(どうして……蓮が持ってるの?)
「椿っ!」
思いもよらぬものを見つけ、茫然としていたところへ、蓮が駆け込んで来た。
シャワーの途中で慌てて出て来たのだろう。
バスタオルを引っかけただけの上半身は裸だし、髪もびしょびしょのまま。
水滴が頬を流れ落ちている。
「蓮……捨てたんじゃ……なかったの?」
離婚が成立した後、母と兄に頼んで、衣類や貴重品といったわたしの荷物を蓮の部屋から引き取ってもらったが、その中に母子手帳はなかった。
母たちも何も言わなかったし、蓮が事前に処分したのだろうと思っていた。
「菫さんに、譲ってほしいと頼んだんだ」
顔を強張らせた蓮は、声を絞り出すようにして答えた。
「もう……必要ないのに?」
「俺には、必要だった」
きつく握りしめられた手が、動揺を物語っている。
わたしは、母子手帳を手帳のポケットへ戻すと、立ち尽くす蓮に歩み寄り、バスタオルを取り上げて、彼の頭を覆った。
「紅さんから聞いたわ。蓮は紫ちゃんの命の恩人で……紅さんを助けることは、蓮にとっての『贖罪』だと言っていたって」
項垂れるようにして頭を下げた蓮の肩が、大きく揺れた。
「わたし……流産したことはいまでも悲しいし、あの時の自分の行動を悔やまずにはいられない。リハビリ中は、妊娠している人や赤ちゃんを見るだけでも辛かった。でもね……瑠璃と瑠璃の子どもたちのおかげで、そんな気持ちも克服できたの。三度も瑠璃の妊娠から出産まで立ち会ったのよ? 一緒に子育てもして、すっかりあの子たちのおばさんよ」
無理に何か言ってほしいとは、思っていない。
無言のまま、反応しない蓮にかまわず、話し続けた。
「だから、紫ちゃんを見て辛いとか、苦しいとか思ったわけではないの。でもね……紫ちゃんを抱く蓮を見て、わたしと結婚しなければ、いまごろ蓮には家族で過ごす幸せがあったのかもしれないと気がついた。わたしは、蓮からわたしたちの子どもを奪っただけでなく、家族を持つ未来まで奪ってしまったんだって……。そう思ったら、蓮に申し訳なくて……」
「あの事故は、椿のせいじゃないっ! 俺の……」
勢いよく顔を上げ、首を振って否定しようとする蓮を遮る。
「蓮のせいじゃないわ」
くしゃくしゃになってしまった髪を梳いてやりながら、激しい感情に揺らぐ瞳を見据えて、きっぱり言い切った。
「事故も、わたしがバカな真似をしたのも、蓮のせいじゃない」
「……俺の軽率な行動が、椿を不安にさせたんだ」
「軽率だったのは、蓮ではなく、わたしの父よ」
「俺が、橘のことをきちんと椿に話すべきだったんだ」
「そうね。でも、あの頃のわたしは、何を言われても蓮の言葉を信じられなかったと思うわ。彼女――橘さんの方が、蓮に相応しいと思っていたから」
蓮は、「なぜ」と問うようなまなざしを向けた。
「わかっていた。蓮は、ちゃんとわたしを見て、わたしを大事にしてくれていたって。でも、わたしは自分に自信がなくて、蓮の気持ちをきちんと受け止められなかったの。蓮が包み隠さず、橘さんとの関係を話してくれたとしても、嫉妬して、不安になって、結局同じ行動をしたと思うわ。蓮は完璧で、大人で……どんなに一生懸命追いかけても、追いつけないと思っていたから」
「完璧なら……こんなことにはなっていない。完璧な男なら、自分の家族を守れたはずだ」