二度目の結婚は、溺愛から始まる
******
通勤ラッシュの時間を過ぎ、飲食店が開くまでにはまだ間がある時間帯。
人通りが少ない繁華街を小走りに急ぐ。
熱いシャワーを浴びたら、もう家を出なくてはいけない時間だった。
蓮が作ってくれた朝食を口に詰め込むのが精一杯。かろうじて薄化粧をし、蓮が買ってくれた服を適当に着ただけ。おしゃれなコーディネートにまで気を回す余裕はなかった。
(プロ失格だわ……)
昨夜はいろいろあったから、というのは言い訳にならない。
飲食をするお客さまを不快にさせないのは、当たり前。
絶世の美男美女である必要はないが、清潔感は何より大事。ボサボサの髮や手抜きのメイクは、NG。スタッフも店の一部だから、その店のイメージに相応しい恰好を求められる。
『CAFE SAGE』は、カジュアルなお店だけれど、だらしない恰好では征二さんが作り上げたイメージをぶち壊してしまう。
手伝う以上、二度と寝坊も遅刻もしないと心に固く誓い、未だ「CLOSED」のサインが出ている扉を押し開けた。
「おはようございます、征二さんっ! すみません、遅くなって……」
「おはよう、椿ちゃん」
開店準備中でも、お店の中はすでにコーヒーのいい匂いに満ちている。
いますぐ朝の一杯を味わいたいと思いながらカウンターに目を向け、そこに意外な人の姿を見つけて驚いた。
「あ……海音さん?」
「おはよう、椿ちゃん! 久しぶりね?」
海音さんは、わたしがアルバイトを始めたての頃、何度かヘルプに来てくれていた。
調理師免許を持ち、フレンチやイタリアンの高級レストランで働いたこともある、経験豊富なシェフだ。
妊娠、出産を機にヘルプで入ることもなくなり、その後わたしが日本を離れたこともあって、すっかり疎遠になっていたが、征二さんとの付き合いは続いていたのだろう。
征二さんにとって、彼女は娘のような存在。
亡くなった彼女の母親が、征二さんの奥さんと友人だった縁で、家族同然の仲だと聞いている。
「あの頃よりも、もっとすてきになって……モデルさんかと思っちゃった」
「そんなっ! 海音さんこそ、ぜんぜん変わらないです」
海音さんはイケメンIT実業家と結婚している、二児の母。
蓮よりも年上のはずだが、二十代といっても通用する若々しさ。
ジーンズにシャツ、スニーカーでも、スタイルのいい美人が着ればおしゃれに見えるという典型だ。
「お世辞でも嬉しい! ありがとう。長い間、日本を離れていたようだけれど……元気にしていた?」
「はい。おかげさまで。海音さんこそ、お元気そうですね。いまは、どこかのお店で働いているんですか?」