二度目の結婚は、溺愛から始まる
適切な関係、不適切な距離
慣れない「誘惑」を試みたせいで、蓮の報復に遭った翌日。
寝坊こそしなかったものの寝不足気味だし、ファンデーションや襟の詰まった服で蓮が残したものを隠すのに苦労するあまり、危うく遅刻しそうになった。
キスマークをつけないでほしい、できればそういうことをするのも休みの前日限定にしてほしいと蓮に言わなくては、今後仕事に支障を来す恐れがある。
特に、憶えることがたくさんある今週いっぱいは、心も身体も万全の状態で挑みたい。
そのためには……。
(キスしなければいいのよ。キスしなければ、流されることもない。でも、まったくしないのは不自然だから、そういう雰囲気になりそうもないときに――なったとしても、絶対できないような時にすればいいのよ。たとえば、蓮の出勤前とか。うん、そうすれば大丈夫なはず……)
蓮に触れられたり、抱きしめられたりしても、抗える。
でも、キスはダメだ。
気持ちよくなって、あっさり流されてしまう。
(ちゃんと理由を話せば、理解してくれるわよね……?)
一抹の――いや、かなりの不安はあるが、一切の接触を禁止というわけではないのだから、きっと折れてくれるはずだ。
自分に言い聞かせながら、テーブルを拭き、床や椅子にゴミが落ちていないかを再度確認する。
しかし、征二さんは優しい笑顔で甘すぎることを言い出した。
「通しで出てくれてるんだから、朝は遅めでもいいんだよ? 椿ちゃん。雪柳さんとゆっくりする時間もないんじゃない?」
「そんなのダメです、征二さん! 半人前にも満たない『見習い』の分際で甘えるなんて言語道断です!」
「真面目だなぁ」
「わたしの場合、とても征二さんの代わりが務まるレベルではないんです。だから、お手伝いではなく、勉強させてもらっているという気持ちで働きます!」
「十分すぎるくらい、俺の代わりが務まると思うけどね?」
「わたしはまだまだヒヨッコです」
「自分からそういうことを言わない。何事であれ、学ぶときには謙虚な姿勢が大事だけれど、プライドまで捨てる必要はないんだよ。バーテンダーとしては見習いでも、椿ちゃんはプロのバリスタなんだから。俺は、自信のないものはお客さまに出さない」
征二さんは基本的に優しいが、時々容赦なく痛いところを突いてくる。
ヒヨコではなくとも、そういう指摘をされる時点で「半人前」だ。
「……すみません」
「謝らない」
「すみま……」
「椿ちゃん?」
「はっ! す、すみま……」
「うーん、どうしてくれようか……」
征二さんの笑顔が怖い。
ごくりと唾を呑み込んだ時、勢いよくお店のドアが開き、元気のいい声が弾けた。
「おはようございまーすっ!」