二度目の結婚は、溺愛から始まる

店を出た蓮は、わたしを引きずるようにして車に乗り込んだ。
無言のまま運転し、マンションの部屋に帰り着いたところで、ようやく言葉を発する。


「CGできたのか?」


蓮の視線は、わたしが握りしめているタブレットへ向けられていた。


「う、うん。見る?」

「ああ」


ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めた蓮とソファに並んで座り、タブレットの画面に映し出されたCG映像を覗き込む。


「……さすがだな」

「わたしのイメージそのものよ。バーテンダーとしても……すごかった。出直して来いって言われたわ」

「風見さんの奥さんがやっていた店でも、かなり評判が良かったらしい」

「でしょうね」

「名声も才能もあって、見た目も悪くない。魅力的な男だ」

「蓮ほどじゃないわ。ねえ……まだ、嫉妬してる?」


ナンパ男の様子もおかしかったが、蓮の様子もおかしい。

蓮は、ソファーの背にもたれて目をつぶり、呟いた。


「嫉妬はしているが……大人げなかったし……フェアじゃなかったと反省している」

「フェアじゃなかった? どういうこと?」

「……何でもない」


蓮は、ナンパ男について、わたしの知らないことを知っているようだ。
恋愛感情はないし、どうこうなるつもりはないが、気にならないと言えば嘘になる。


「何でもなくは、ないでしょう?」


身を乗り出して顔を覗き込む。
わたしの気配を感じて目を開けた蓮は、唇を引き結んだまま「言いたくない」と態度で示す。


「蓮」

「……言いたくないんだよ。言えば、椿は同情するに決まってる。同情したら、相手に甘くなる。そんなことになれば、あっという間にアイツの思うように持って行かれる。いまでさえ、隙だらけなのに」

「隙だらけなんて、そんなこと……」


うなじに回った手でぐいっと引き寄せられ、唇が重なった。


「あるだろ?」

「ない……」

「いいや、ある」


腰に回った腕に引き寄せられて、蓮の膝の上に乗っかるような格好になる。
そのままもう一度キスしようとした蓮から、慌てて顔を背けた。


「蓮、キスは……ダメ……」


キスをすれば、流されてしまう。
このままキスを続ければ、ベッドへまっしぐらだ。


「ダメ? なぜ?」

「よ、夜は、しないでほしいの……」


思い切って口にした瞬間、室内の温度が急激に下がったような気がした。


「……どういうことだ?」


あきらかに不機嫌な声音に、決心がくじけそうになる。
でも、先延ばしにできない。
明日こそは、時間に余裕をもって出かけたい。


「キスをすると……そ、その、す、することになって、それで次の日の朝、寝坊して、バタバタしてしまうから……。それに、人前に出る仕事は身だしなみが大事で……その……き、キスマークは……NGで……」


何度もしている行為、何度もしている相手なのに、言葉で説明するのはなぜかとてつもなく恥ずかしい。


「……つまり、翌日仕事がある日はセックスしたくないから、キスはしたくないということか?」


わたしのたどたどしい説明でも、蓮は要旨を汲み取ってくれた。


「う、ん……そう……」

「キスだけに止めても?」

「蓮のキスは……その……気持ちよすぎて、キスだけじゃ……お、終われないから」

まともに顔を合わせていられず、俯く。

「…………」


これ以上、沈黙には耐えきれないと思い始めた時、蓮が盛大な溜息を吐いた。


「蓮……?」


おずおずと顔を上げたわたしに、蓮はひと言告げた。


「無理だな」

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