二度目の結婚は、溺愛から始まる
(住所ではこの辺のはずなのに……どこなのよ?)
待ち合わせは、十一時。
ビルの狭間にある広場に立つステンレス製の時計は、十一時十分前を指している。
昨夜は、シャワーを浴びるのもやっとなほどクタクタのわたしを見かねた蓮が、キスだけに止めてくれたから、今朝はたっぷり時間があった。
ちゃんと化粧をして、オフィス街でも浮かないコーディネートを考え、十分余裕をもって家を出たのに、このままでは遅刻だ。
電話して案内を乞うしかないけれど、未だ耳に残るナンパ男のダメ出しの数々を思うと、白旗を揚げるのは悔しい。
ナンパ男の言葉には、経験に裏打ちされた根拠があるし、どれも尤もなことばかり。黙らせたければ、実力をつけるしかないとわかっている。
わかっているが、頭ごなしにダメ出しされるとヘコむし、負けず嫌い魂が刺激されて腹が立つ。
征二さんの手前、険悪な雰囲気になるのは避けたいけれど……激しくやり合うようになるのは、時間の問題だ。
(何を言われても笑って受け流せる大人には、なれそうにもないわ……)
深々と溜息を吐いて天を仰いだ時、すぐ先のビルの二階に探していた店の名前を見つけた。
(あ、あったっ!)
慌ててそのビルに飛び込んでエレベーターのボタンを連打したが、不運なことに、三基とも上昇し始めたばかり。
キョロキョロと辺りを見回し、ロビーの奥に階段を発見して、駆け上がった。
ホールの奥、二階フロアに一つしかないドアへ突進。
「N's Place」と書かれた白いプレートが打ち付けられた黒いドアを勢いよく開けて……目を疑った。
そこに並んでいたのは、ソファーやローテーブルではなく、機能性重視のデスクとおびただしい数のPCやモニター。
座っているのは、ラフな格好の若い男女。
フロアに響くのは笑い声や話し声ではなく、キーボードを叩く音ばかり。
コーヒーの香りもしなければ、美味しそうな匂いもしない。
どこからどう見ても、オフィスだった。
(ま、まちがえた……?)
一歩後退りして、もう一度ドアのプレートを確かめようとした時、一番手前のデスクにいた女性が立ち上がった。
「こんにちわぁー、何か御用ですか?」
ニコニコ愛想のいい彼女は、豊かな胸を強調するピッチピチのTシャツに、もう少しでお尻が見えそうなくらい短い黒革のタイトスカート姿。
厚底のショートブーツは、空港の保安検査場で間違いなく止められそうなベルトやチェーンが大量に付いていて、スカルの指輪が右手の四指で鈍い輝きを放っていた。