二度目の結婚は、溺愛から始まる
「まあな。でも、そういう女は洒落た店に行きたがるだろ? ラーメン屋に連れて行ったら、激怒する。礼を言うお嬢さまは、椿くらいのものだ」
「そんなことはないでしょう? わたし以外のお嬢さまだって、美味しいものを食べれば美味しいって言うわよ」
「言わねーよ。金持ちは、味じゃなく雰囲気を楽しむものらしいから」
「はい? 意味が、わからないんだけれど?」
雰囲気が料理をいっそう美味しく感じさせるスパイスなのは否定しないが、どんなに高級な食材を使い、店を飾り立てても、美味しくない料理を補うことはできない。
裏を返せば、B級グルメだって美味しいものは美味しいのだ。
わたしの主張に、ナンパ男は首を振った。
「外側しか見ないヤツラは、まったく同じ料理でも、シェフが作ったと言えば価値があり、素人が作ったと言えば価値がないと見做す」
「それって……どうなのよ? 何に、どれだけ価値があるかは、自分で決めるものだわ」
「自分ではなく、世間や周りのモノサシで価値を決める人間は、少なくない。お嬢さまはその典型だ。自分のステータスに相応しいモノやヒトを選んで、付き合うんだよ」
やけに苦々しい口調は、一般論を語っているようには聞こえない。
「ねえ、もしかして……そういうお嬢さまと知り合いなの?」
「いや、……」
否定しかけたナンパ男は途中で言葉を切り、足を止めた。
どうかしたのかと見上げれば、その視線の先に白い日傘をさした女性がいた。
肩下まであるきれいなウェーブを描く栗色の髪。
大きな目と長いまつげ。真っ白な肌とピンク色の唇。
長い手足はちょっとした衝撃で折れそうなくらい、華奢。
白いワンピースが嫌味なく似合う絵に描いたようなお嬢さまだ。
年齢は、十代ではなさそうだが、わたしよりは年下に見える。
彼女は「N's Place」の入るビルの入り口にいたが、わたしたちに気がつくとふわりと微笑んで、こちらへ歩み寄る。
「梛」
彼女に呼びかけられて、茫然としていたナンパ男が我に返った。
「……何の用だ?」
歓迎しているとは言い難いナンパ男の素っ気ない態度に、彼女は一瞬怯んだが、日傘の柄をぎゅっと握りしめ、笑みを整えた。
「久しぶりに帰国したので、お話を……したくて」
「用があるなら、アポを取ってくれ。スケジュールが詰まってるんだ」
険しい表情のナンパ男は、そう言い放つなり、わたしの腕を取って彼女の横をすり抜けようとする。
まさかこのまま彼女を置き去りにするのかと驚き、踏み止まろうとした時、彼女が叫んだ。
「離婚したのっ!」