二度目の結婚は、溺愛から始まる
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蓮の運転する車で家へ向かう途中、後部座席に陣取り、ラップトップで仕事を始めた兄から聞かされたのは、彼女との意外な関係だった。
二人の出会いは、お見合いの場。
西園寺 花梨は二十歳になったばかりの大学生。柾は、大学を卒業して働き始めたばかりの二十四歳。
あくまでも、先方からぜひにと頼まれた祖父の顔を立てるために応じただけ。
一、二度会って、上手く断るつもりだったが、その必要はなかった。
「結婚する気がなかったのは、俺だけじゃない。花梨も一緒だった。見合いは、彼女の父親が勝手に決めたもの。現在の恋人以外の誰かと結婚するつもりはないと、彼女のほうからその場で断ってきた」
「恋人って……梛のことよね?」
「ああ。当時はまだ、付き合い始めたばかりだったようだが、かなり惚れ込んでいたな。だから、無理やり見合いをさせられたんだろう」
「でも、彼女は結局……別の人と結婚したんでしょう?」
「海外ゼネコンとの業務提携を狙った、あきらかな政略結婚だが」
「無理やりってこと?」
「その可能性は高い。詳しい経緯は知らないが、別れなければ霧島の将来を潰すとでも言われたんじゃないか? 父親に。西園寺のジジイ……花梨の父親は、家族の幸せより、事業拡大を第一に考える男だ。ひとり娘が何のメリットもない相手と結婚するなんて、認めるはずがない。容赦なく、二人を別れさせるために手を打ったんだろう。霧島が、大学卒業後に入社した大手広告会社を一年も経たずに辞める羽目になったのも、フリーになってからなかなか契約を取れなかったのも、全部、西園寺が裏で圧力をかけていたせいだと思われる」
「だから……梛と別れたのね。彼のことが大切だから」
大事に思っていればこそ、自分のせいで相手の将来を台無しにしたくないと考えるのは、至極当然のこと。
身を引くと決めた彼女の気持ちは、十分理解できた。
「たぶんな。そうでなければ、たった一度、見合いの席で会っただけの俺に、霧島 梛を使ってほしいと頭を下げたりはしないだろう」
「梛を……使う?」
「新製品のCM作成だ。公平性を期するため、コンペに参加させる形を取ったが、プレゼンで見た霧島の作品はダントツですばらしかったから、即採用した」
「霧島 梛にとって、『KOKONOE』の仕事は、フリーになって初めて請け負う大きな契約だったんだ。その成功が次の契約を呼び込み、あっという間に業界トップクラスのCGクリエイターになった」
蓮の説明に、征二さんの言葉を思い出す。
本業だけでは食べていけず、バーテンダーをしながらデザインをし続けていたという梛の苦労は、計り知れない。
作品を見れば、彼の才能がどれほどすばらしいものかは、一目瞭然だ。
けれど、実力さえあれば、仕事をもらえる――そんなのは、夢物語でしかない。
実力があるのは大前提。
そのうえで、友人知人の伝手、偶然、運、アワード。いろんな要素を上手く活用しなければ、フリーでやっていくことは難しい。
梛は、そういったネットワークを潰されて、『KOKONOE』の契約を勝ち取るまで、チャンスを掴めなかったのだろう。