二度目の結婚は、溺愛から始まる
「実際、花梨に頼まれなければ、わざわざ声をかけてコンペに参加させはしなかった。あえて、ワケアリで無名な新人を使う必要性はないからな」
「梛は……コンペに参加できたのは、彼女のおかげだったと知ってるの?」
「花梨に口止めされていたから、俺は何も話していない。花梨自身が話したとも思えない。それに……たとえ感づいていたとしても、素直に感謝はできないだろうな」
「どうして? それだけ、彼女に愛されているってことじゃないの」
「自分を守るために、恋人が自身の幸せを犠牲にしたと認めれば、男としてのプライドはズタズタになる。だから、彼女には自分を裏切った酷い女でいてほしい。相手を思う気持ちが強ければ強いほど、憎む気持ちも強くなる。そういうことだろう」
「そんなの……おかしいじゃない! 本当は、ぜんぜんちがうのに……」
「抱えきれない痛みをどうにかしたくて、怒りや憎しみにすり替えるのは、一種の防衛本能だ」
「でもっ……」
「これは、二人の問題だ。余計な真似はするんじゃないぞ? 椿。おまえが首を突っ込めば、余計にこじれるのは確実だからな」
「…………」
山野さんに頼まれたからということもあるが、こうして関わってしまった以上、素知らぬフリなんてできそうになかった。
確かに存在するものを「ない」と言い張るなんて、バカげている。
どちらもお互いのことを忘れていないのは、付き合いが短くてもわかる。
平静を保てないのは、感情を揺さぶられるから。
感情を揺さぶられるのは、意識しているから。
意識してしまうのは、惹かれているからだ。
「とにかく、おまえは優先順位をまちがえないようにしろ。一番に考えるのは蓮。二番も、三番も、蓮のことを考える。むしろ、蓮のこと以外考えるな」
「柾。それは言い過ぎだろ」
「椿は、ひとが言うことの半分も聞いていないってこと、おまえもよくわかっているだろう? 蓮。椿には、言い過ぎなくらい言って、ちょうどいいんだ!」
「ちゃんと聞いてるわよっ!」
「聞いていても、右から左へ抜けていくんじゃ意味がな……もしもし? ああ、移動中だ。いや、まだだが。仕事ではない。……えっ!? いや、そうじゃない。そんなわけないだろう? ちがう。ちがうんだ……え、おい……待てっ! ハナっ! ……チッ」
話の途中で架かって来た電話に出た兄は、急に声のトーンを落としてやり取りを繰り広げていたが、突然叫び、舌打ちした。
どうやら、相手から一方に切られたらしい。
「どうした? 柾」
バックミラー越しに訊ねる蓮に、スマホを睨みつけていた兄が顔を上げた。
「蓮、すまないが俺の家へ回ってくれるか? 急遽、重要案件に対処しなくてはならなくなった」
「重要案件? 社に戻ったほうがいいんじゃないのか? 何なら、俺も手伝おうか?」
「ああ、いや、その必要はない。大丈夫だ」
ソワソワして、落ち着かない兄の様子は、あきらかにおかしかった。
しかし、問い詰めたところで素直に打ち明けるような兄ではない。
蓮も、同じ考えだ。
わたしと目が合うと肩を竦めてみせただけで、文句も言わずに兄のマンションへ車を向けた。