二度目の結婚は、溺愛から始まる
「おまえの話は、今度ゆっくり聞くからな! 椿。くれぐれも、椿が勝手な真似をしないよう、よろしく頼む。蓮」
慌ただしく鞄に書類を放り込んだ兄は、車が止まるなり降りようとして、蓮に叱られた。
「柾っ! いきなりドアを開けるな、バカっ!」
「……す、すまない」
(あ、謝った! 俺様で、強引で横暴な柾が……謝った……)
明日は、槍でも降るのでは? と思ってしまう。
「明日、朝から彼女のところへ行くなら、送って行こうか? 車は社に置いたままだろう?」
「大丈夫だ。足は確保できるから」
蓮の申し出に首を振り、今度はきちんと後方を確認してからドアを開ける。
「椿、くれぐれも蓮に心配と面倒をかけるんじゃないぞ」
偉そうに念を押す兄にむっとして、カウンターをしかけてみた。
「ねえ、柾。ハナって、誰?」
「……っ!」
ゴトンッと鈍い音がして、いきなりその姿が消えた……と思ったら、車の脇で蹲っていた。
座席から拾い上げたラップトップが、まともに足の甲へ落下したらしい。
「大丈夫?」
「あ、ああ……くそっ……もしもデータが飛んでいたら、おまえに損害賠償を請求するからなっ! 椿っ!」
涙目で喚く兄は、ドアを閉め、そそくさと立ち去ろうとする。
逃すものかと、窓を開け、身を乗り出してその背に問いかけた。
「ねえ! ハナって、誰なのっ? 柾ってばっ! ねえ…………ハナーっ!」
大声で「ハナ」と叫んだ途端、兄はものすごい勢いで戻って来て、わたしの口を手で塞いだ。
「黙れ、バカっ!」
「……っ」
「俺も気になる。ハナは、何者なんだ? 柾」
「ハナは……」
じっと見つめるわたしと蓮から目を逸らした兄は、ぼそっと呟いた。
「……犬の名前だ」
兄の姿がマンションのエントランスに消えるのを見届けて、わたしと蓮は顔を見合わせた。
お互い声にこそ出さなかったが、思ったことは一緒だ。
――絶対に、ちがう。