二度目の結婚は、溺愛から始まる
わたしが「バーテンダー」の道に進むなら、昼間働く蓮と暮らすのは難しい。
でも、わたしは「バーテンダー」を目指しているわけではなかった。
「本格的なバーで働いた方が、最短で経験を積めるとわかっている。でも、わたしは『バーテンダー』になりたいわけじゃないの」
「中途半端な技術で、客を満足させられると思うのか?」
「わたしは、わたしにできることを精一杯やる。バーテンダーとして一流の技術を身につけても、大事なものを失っては意味がない」
「仕事を優先して失われるくらいなら、最初から大事なものじゃないんだろ」
以前のわたしなら、梛の言葉に頷いたかもしれない。
お互いを強く想い、しっかりとした絆で結ばれていたなら、何があっても大丈夫だと。
でもいまは、そうではないのだと思う。
「そうは思わないわ。大事なものほど、大切にしなければ簡単に失われてしまうのよ」
蓮とわたしの離婚は、事故が直接の原因だったけれど、事故に遭わなかったとしても、あのままではいずれ破綻しただろう。
すれ違い、不安、猜疑心。そんなものに気持ちが揺らいだのは、二人で過ごす、お互いを知るための時間――大事なものを大切にしていなかったから。
「大事なものだとわかっているなら、何よりも大切にしなくちゃいけないのよ。手放してはいけないの。簡単には手に入らない貴重なものだからこそ、大事なんだもの」
「…………」
わたしの言葉に耳を傾けるように、少しだけ歩調を緩めた梛は反論しなかった。
駅前のタクシー乗り場に並ぶ人の列は短く、さほど待たずに順番が巡って来る。
別々のタクシーを使ったほうが効率的なのに、梛は当然のごとく一緒に乗り込んだ。
わたしに住所を告げるよう促し、その後自分の家へ向かうよう運転手に告げ、それきり黙り込む。
タクシーに乗り込むとき、手が離れたことにほっとしたし、口を開けば憎たらしく腹立たしいことばかり言う梛と進んで会話したいとは思わない……が、沈黙が続くと居心地が悪い。
西園寺 花梨。
梛が彼女の名前を口にすることはなかった。
わたしへの態度もいたって普通だ。
柾に訊ねたところ、彼女は無事退院したが、数日間は安静が必要だと言っていた。
まだ梛と話す機会は得られていないのだろう。
他人の恋路に首を突っ込むのは、余計な真似かもしれない。
けれどやっぱり、何も知らない、関係ないと素知らぬフリはできなかった。
彼女の必死な様子が引っかかっているだけでなく、梛の心中もなんとなくわかるから、他人事とは思えないのだ。
会いたくないと思っていた人物に、心の準備もなく再会した衝撃と動揺が、そう簡単に治まるはずがないことは、身をもって知っている。
「ねえ……西園寺さんと会わないの?」