二度目の結婚は、溺愛から始まる
「会う必要がない」
梛は即答したが、それは彼の本心ではなく、そう答えると決めているようにしか聞こえなかった。
「彼女は、話がしたかったみたいだけれど?」
「話す必要がない。それより……どうして、アイツの名前を知っているんだ?」
「えっ!? あ、ええと、それは……」
「まさかアイツと……あのあとで、会ったのか?」
ちがうと言えば、どこで彼女の名前を知ったのかと訊かれる。
一つ嘘を吐けば、次々と嘘を吐かなくてはならず、すべての嘘の辻褄を合わせるのは無理だと観念した。
「……うん」
溜息を吐いた梛は、わたしが彼女と関わる必要はないと言った。
「アイツに何を言われたのか知らないが、耳を傾ける必要はない。まともに対応する必要もない。適当に聞き流しておけ」
「でも……好きなんでしょう?」
「はぁ? 好き? 誰が、誰を?」
「梛が、彼女を、よっ!」
「んなわけねぇだろうが。とっくの昔に終わってる」
思い切り顔をしかめて否定する梛に、もうひと押ししてみる。
「だったら、話くらい聞いてあげれば?」
「時間の無駄だ」
「長い人生には、『無駄』も必要だと思うけれど? 無駄だと思っていたことも、あとから振り返れば無駄ではなかった。そう思ったことはないの?」
「ねぇよ」
わたしと似て、梛は負けず嫌いだ。
取り付く島もない彼の態度を突き崩すには、挑発あるのみ。
「梛って…………子どもね」
「何だとっ!?」
「大人なら、過去のことは水に流せるはずよ。なんとも思っていない過去の人ならば、会って話をするくらい、どうってことないでしょう?」
「…………」
図星を指された梛は、ふいっと顔を背けて会話を打ち切った。
タクシーが止まり、運転手が蓮のマンションに着いたことを知らせる。
中途半端なまま、話を切り上げなくてはならないのは悔しいが、時間切れだ。
(普通の方法では効果がないなら、多少の荒療治も必要よね?)
思い切ってダメ押しのひと言を投げかけた。
「会いたくないのは、まだ彼女への気持ちが残っているからよ」
返事は、最初から期待していない。
ここまでの料金を運転手へ渡し、開いたドアから降り立とうとした途端、腕を掴まれ、引き倒された。
「勝手に人の気持ちを決めつけるな。いまの俺が好きなのは、椿だ」
そう言う梛の顔にありありと浮かんでいるのは、苦痛。
愛を告白する人間の表情ではない。
似ているからこそ、わかる。
梛の瞳に映っているのは、わたしであって、わたしではなかった。
背格好も顔だちもまったく似ていない、「お嬢さま」ということくらいしか共通点のないわたしの中にまで、「彼女」を求めずにはいられない。
堪え切れない痛みを散らすために、代替品を求めているだけ。
「ねえ、素直になったら?」
「黙れ」
唸るように吐き捨てた梛の顔が近づき、二人の間にあったわずかな隔たりが消えた。