二度目の結婚は、溺愛から始まる


「キスは勢いでするものじゃないでしょ? 子どもじゃないんだから」


顔を寄せてきた彼の口を素早く手で覆い、たしなめる。

あくまでも、冷静に――。

心臓が胸を突き破りそうなくらいに激しく打っていることを感づかれないように。

怒りに顔を歪め、梛はわたしの手を引き剥がした。


触れ合うことでしか、癒せない傷もある。
けれど、触れ合うことで、深くなる傷もある。

わたしと梛の場合は、後者だ。

どこにどんな傷を抱えているのか知らないままに触れれば、傷を癒すどころか抉ってしまう。


さすがにもう一度キスしようとはせず、わたしを睨みつける梛と目を合わせ、きっぱりはっきり言ってやった。

「わたし、二股するのもされるのもイヤなの。それに、誰かの代わりにされるなんて、もっとイヤ!」

「代わりになんかしていない」


反論する梛の声から、先ほどまでの荒々しさは消えている。
さっきの行動をどう説明しようとも、梛自身ただの言い訳にすぎないとわかっているのだ。


「ねえ、梛。必要な出会いは、必要な時に用意されているって言うでしょう? だったら、再会にも意味があると思わない?」

「…………」

「おやすみなさい」


腕を掴む梛の手から力が抜け、わたしは今度こそタクシーを降りた。

走り去るタクシーのテールランプが見えなくなるまで見送ってから、マンションのエントランスへ続く階段を上る。

梛がわたしにキスを仕掛けてきたのは、むきになって彼女に気持ちはないと証明しようとしただけのこと。実際に唇が触れ合ったとしても、何の感情も生まれないことは、彼自身わかっていたはずだ。

それでも、隙を作ってしまったのは、わたしの落ち度だった。


(二度は、ないようにしないと……)


蓮には、どんなことも相談してくれと言われたが、まさかキスされそうになったなんて、言えるはずもない。

後ろめたいからではなく、何もなかったのに蓮の不安を煽るようなことはしたくなかった。


(言うだけは言った。あとのことは梛と彼女次第。これ以上は、踏み込まない。だから……わたしは、蓮のことだけ考える)


明日の朝は、少しゆっくりめの朝食を取ろう。

それから……蓮が休みなら、日曜にどこかへ出かける計画を立てよう。

海や山、映画やテーマパーク。

おしゃれで高級なレストランではなく、梛と行ったようなラーメン屋で食事をしてみたり。大人の雰囲気たっぷりのバーでお酒を楽しんだり。

過去にできなかったことをしてもいいし、いまだからこそ楽しめることを体験してもいい。

どんなことに、どんな反応をするのか。

一緒に出かけたことがほとんどないわたしたちは、お互いについて知らないことが多すぎた。


(蓮がまだ起きていたら、さっそく日曜日の予定を確かめよう)


いくら接待でも、午前様になることはほとんどないと言っていたから、もう帰っているはず。
蓮が出迎えてくれることをほんのちょっとだけ期待しながら、玄関のドアを開け、首を傾げた。


(あ、れ……まだ、帰ってない?)


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