二度目の結婚は、溺愛から始まる
「こんばんは」
美しい笑みを浮かべた彼女の挨拶で、我に返った。
「……こ、んばん、は」
「椿。三十分……いや、十五分でいい。時間を作れないか?」
(見てわからないわけ? 柾。いま、仕事中なんだけど……)
「ちょうど休憩に入るところだったし、かまわないよ? 椿ちゃん。とは言え、混んできたら呼ぶかもしれないから、店の中で話してくれるとありがたいかな」
優しい征二さんの言葉に、柾はようやく「礼儀」を思い出したのか、頭を下げて「兄」らしく挨拶した。
「無理を言って、すみません。申し遅れましたが、椿の兄の柾です」
「顔立ちが似ているなぁと思っていたんですけれど、お兄さんだったんですね」
「椿が、いつもお世話になっております。椿は、昔から落ち着きがなく、不器用なので、ご迷惑をおかけしていなければいいのですが……」
(お、落ち着きがないって! 柾に言われたくないっ!)
「とんでもない! こちらこそ、いつも椿ちゃんにはお世話になっているんです」
征二さんは笑顔でフォローしてくれて、店の奥にある四人掛けの席を示した。
「どうぞ、奥のテーブル席を使ってください」
「ありがとうございます」
わたしたちがテーブル席に座ると同時に、アルバイトの子がオーダーを取る。
二人はオリジナルブレンド、わたしには征二さん特製ホットレモネードを頼んだ。
「ところで……その声、風邪か? 椿」
「…………」
スマホのメモに「ちがう」と打ち込み、差し出す。
それだけで、柾は何があったのか悟ったようだ。
ぽつりと呟いた。
「蓮か……。まあ、こうして動ける状態だということは、手加減したんだろうが」
(手加減したっ!? どこがっ!?)
あれで手加減したのだとすれば、しなかった場合どんなことになるのか。
思わず想像しかけ、ひとり恥ずかしくなって俯く。
「世話の焼けるヤツラだな……。おまえと蓮に説教するのは、また今度にするとして……今夜は、花梨の話を聞け」
柾は、いつになったら、おまえたちは落ち着くんだと言わんばかりに大きな溜息を吐き、くすくす笑っている美女に会話の主導権を譲り渡した。
「まずは……先日は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。突然、不躾なことを言った上に、お店で倒れるなんて……。ごめんなさい」
『もう、身体の調子は大丈夫ですか?』
スマホに打った文字を見せると、花梨は力なく微笑んだ。
「あの時よりは、少しマシです」
『梛と話はできましたか?』
「いいえ、まだ……。今日は、そのことで椿さんにお願いがあって参りました」
『お願い?』
「はい。梛がわたしと会ってくれるよう、協力していただきたいのです」
病院で、山野さんにも頼まれたことを思い出す。
どうして、彼女も山野さんも、梛がわたしの言うことに耳を傾けると思うのか、不思議だった。
友人と言えるほど仲がよいわけでもないのに。
『わたしが言っても、梛は聞き入れないと思うけど……』
昨夜、花梨と会うべきだと言ってはみたものの、昨日の今日で頑固な梛が素直になれるとは考え難かった。
「それはわかっている。だから、一芝居打ってほしい」
柾の言葉に、首を傾げる。
『どういうこと?』
「適当な約束をして、霧島 梛を呼び出してほしいんだ。霧島は、おまえを気に入っているんだろう? おまえからデートに誘えば、二つ返事でOKするはずだ」