二度目の結婚は、溺愛から始まる
「征二さん、俺たち上がってもいいですか? 椿の喉がこんな状態だから、特訓はナシで」
テキパキとキッチンを片付け、グラスを磨き上げた梛が、エプロンを外しながら征二さんに確認する。
「そうだな。椿ちゃんも、それでいい?」
「は、い……」
練習はしたいけれど、今日はこれ以上征二さんに迷惑をかけたくなかった。
「いくらキッチン担当とは言え、接客業なんだから自己管理はしっかりしろよな?」
「…………」
今日のわたしはプロとして――働く大人として最低な失態を犯してしまったけれど、梛に言われるとムカツク。
むすっとして睨み返せば、「なんだ、その不満そうな顔は?」と睨み返される。
「梛、仕事はもう終わりだ。椿ちゃんに、絡むんじゃない! さっきメッセージ送ったように、来週の月、火と臨時休業にするから、次は木曜に頼む」
「了解です。京子さんに、体調が落ち着いたら、俺も顔出しますって伝えてください」
「伝えておくよ。椿ちゃん、来週から本格的に手伝ってもらうことになると思うから、ゆっくり休んでね?」
「……は、い」
征二さんや梛に甘えて、中途半端な仕事はしたくない。
付け焼刃の技術や知識も、時が経てば板に付く。
理想に経験が追いつくまでのタイムラグを短縮するためにも、「休み」を有効活用しようと心に決めた。
(この機会に、自主練して梛をあっと言わせてみせる!)
最後にもう一度キッチンが片付いていることを確認し、スタッフルームに置いた鞄を取りに、バックヤードへ引っ込む。
スマホに、蓮からの『パーキングにいる』とメッセージが届いていたので、「終わった」と知らせるなり、『店まで行く』と返って来た。
「今日はお迎えありか?」
いきなり頭上から降って来た声に驚いて振り仰ぐ。
いつの間にか、梛が背後から覗き込んでいた。
「ん……」
「束縛好きな男だな。おまえのその声も、昨夜のキスを見られてたせいだろ?」
ふん、と鼻で笑う梛の言葉に愕然とする。
(み、見られて……? ど、ど、どういうことっ!?)
「俺たちが乗っていたタクシーの前に、もう一台タクシーがいた」
(えっ! も、もし、もしも、そのタクシーに蓮と柾が乗っていたんだとしたら……)
硬直するわたしを見下ろす梛が、にやりと笑う。
「へえ? 図星か。なあ、俺から、アイツに説明してやろうか? どんなキスをしたのか」
(な、な……キ、キスなんか、してないでしょうっ!?)
「それが嫌なら、デートしろよ」
(はぁっ!?)