二度目の結婚は、溺愛から始まる
「……ま、……きま……」
鞄を引っ掴み、バックヤードを飛び出す。
「椿」
征二さんと談笑していた蓮は、わたしを見るなり目を細め、微かに笑みを浮かべた。
Tシャツにチノパンというラフな格好だが、だらしくなくは見えない。
(どうして、何を着てもカッコイイのよ……)
蓮の場合、よれよれのびのびのTシャツに、穴あきまくりのジーンズを着ていても、きちんとして見えそうだ。
「お……た、せ」
「まだ、声が元に戻らないんだな……本当に、すまなかった。風見さんにもご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
しゅんとした様子で謝られ、もういいのだと首を振る。
(わたしのせいなのに……)
わたしと梛の「キス未遂」を目撃したのなら、蓮があんな真似をしたのも理解できる。
不安にさせたくないから黙っておこうと思ったけれど、そのせいで余計不安にさせてしまっては意味がない。
(柾も蓮に説明すると言っていたし、昨夜の件を含め、ちゃんと話そう)
「気にしないでください、雪柳さん。人間なんですから、調子が悪い日もあるでしょうし、不測の事態が起こることだってある。最終的に何とかなれば、大丈夫ってことです」
征二さんはそう言ってくれたが、バックヤードから出て来た梛は、イヤミたっぷりに蓮を詰った。
「甘いですね? 征二さん。自分の都合で、相手の仕事の邪魔をするなんて、あり得ねぇだろ」
(ちょっと、梛っ!)
「迷惑をかけてすまなかった。二度とこんなことがないようにする」
蓮は、素直に自分の非を認めて梛に謝罪した。
「口では何とでも言えるよな? あんた、椿の周りに男がいるだけで嫉妬するんじゃないのか?」
「いるだけで、何もしなければ嫉妬しない」
「どうだか」
「椿に惚れる男をいちいち遠ざけるのは無理だとわかっている。ただし……おまえのように、本気でもないのに軽々しく手を出すような男は、遠慮なく排除させてもらう」
自分に非があることを認め、謝罪しても、蓮は梛に対して毅然とした態度を崩さなかった。
「本気ならいいって言うのかよ? 余裕だな」
「余裕があるわけじゃない。椿を傷つけるヤツを見逃しはしないというだけだ」
「自分が一番、椿を傷つけているとしてもか?」
「ああ。俺以外の人間が、椿を不幸にするのも、幸せにするのも許せない。カッコつけて、惚れた女に逃げられるくらいなら、みっともなくてかまわない。プライドでするのは、仕事だけで十分だ」
梛の顔に浮かんでいた嘲笑が消え、その口元が強張る。
「帰るぞ、椿」
蓮に手を引かれて店を出た。
ドアが閉まる寸前、振り返った先には悔しそうな表情を隠そうともせず立ち尽くす梛がいる。
「見るな」
立ち止まりかけたわたしに、蓮が低い声で命令した。