二度目の結婚は、溺愛から始まる
「ご、ごめんな、さ……これ、はっ……蓮のせいじゃなっ……」
「わかってる。俺も、柾から彼女の抱えている事情を聞かされて、ショックだった。もしも七年前に椿が命を取り留めていなかったらと思うと……他人事とは思えなかった」
「わ、たしもっ……蓮がまた倒れたらっ……どう、どうしていいか、わからな……」
「健康診断でも引っかかっていないし、いまのところその予定はないが……たとえ健康でも明日どうなるかなんて誰にもわからない。かといって、毎日ビクビクしながら暮らすのも、全力投球し続けるのも苦しい」
常に不安と背中合わせで暮らしていては、神経をすり減らす。
だから、人は「何も起きない」ことを前提にして、日々を過ごす。
そんな日常が、「当たり前」ではないことも忘れて――。
「昔は、椿とどんな風に過ごすかではなく、ただ一緒に過ごせるなら、それでいいと考えていた。でもいまは……何気ない毎日を丁寧に、自然体で過ごすことが、夫婦にとって大事なんだと思う。そういう意味では、あの頃の俺と椿は、夫婦未満だった。椿のことを子どもだと思っていたが、椿より年上なくせに、何もわかっていなかった俺のほうがもっと子どもだった」
「いまは……」
「ちがうと思いたい。いまなら……」
じっとわたしを見つめていた蓮は、ふっと目を逸らし、その先を続けることはなく言葉を切った。
いまなら、昔とはちがう関係を築けるはず――。
お互いそう思っていても、あと一歩が踏み出せない。
わたしたちの間に、結婚しなくてはいけない理由はなかった。
それでも。
プロポーズの言葉を口にすることはできなくても、いま何を考え、何を思っているのかを伝えることはできる。
生きて、目の前にいてくれる限り。
「蓮」
逸らされた視線が再び戻るのを待って、いま感じている素直な気持ちを口にした。
「生きていてくれて、ありがとう」
蓮は、ほんの少し目を見開き、軽く首を振る。
「それは、俺の台詞だ。生きて、元気になって……戻って来てくれてありがとう、椿」
微かに笑みを浮かべた唇が、わたしの唇に重なる。
ジェラートの味とコーヒーの味がするそれは、
大人になったわたしたちの関係に似て甘くほろ苦く、
味わい深いキスだった。