二度目の結婚は、溺愛から始まる
蓮は、いきなりわたしの腰を抱きよせると首筋に唇を寄せ……噛みついた。
愛撫でもキスもなく、ほぼ甘噛みだ。
「れ、蓮っ! ちょっ……ちょっと待って、何して……」
他人の部屋で、しかもその主がすぐそこで寝ている状況でするようなことではない。
(き、キスマークでも恥ずかしいし、NGなのに……歯型って……)
焦り、慌てるわたしに対し、蓮は唸るように呟いた。
「黙れ」
その声には、怒り、苛立ち、その他もろもろ――負の感情が滲み出ている。
(やっぱり……気になるし……イヤ、よね)
わたしだって、蓮がわたし以外の女性を抱きしめたり、押し倒したりいているところを見てしまったら、冷静ではいられない。
どんな理由があったとしても、だ。
(やめてと言えば、余計に煽ってしまいそう……)
不本意かつ不自然ではあるが、明日はスカーフか何かを首に巻くしかないと諦めた。
「今後、アイツの半径一メートル以内に近づくんじゃない」
しばらくしてマーキングを終えた蓮は、長々と息を吐いて「命令」する。
「え? そんなのむ……」
「今度椿に触れたら……アイツの腕をへし折る」
怒り心頭の蓮に、いまは何を言っても無駄だ。
とりあえず、頷くしかない。
「わ、わかったわ」
「……で、どうなったんだ? 結局」
「まだ、どうにも……。梛の気持ちは、とっくに彼女に向いていると思うんだけど……」
「考えすぎて、動けなくなっているといったところか」
「いろんなことを一度に聞かされて、混乱しているんだと思うわ」
梛が思い悩み、苦しんでいるのは、彼女との関係を真剣に考えているから。
それだけ、彼女のことを想っているからだろう。
「そうだな。動揺しないほうが、おかしい。だが……」
蓮は、散らかりきった部屋を見回して、しかめ面をした。
「まずは、片付けるのが先だ。ここは、人間の住む場所じゃない」
蓮と二人で手分けして、空き缶や空き瓶をゴミ袋に詰め込み、たばこの吸い殻を捨て、テーブルや床を拭く。
「だいぶ、マシになったな」
「そうね」
「ところで、椿は夕食を食べたのか?」
「ううん」
「じゃあ、何か買って来る。ソイツにも、食料が必要だろう」
食べ物のゴミがひとつもなかったことから、中身を確認するまでもなく冷蔵庫は空だと知れる。
蓮は近くのスーパーに買い物へ。わたしはとりあえず汚れ物を洗濯機に放り込み、シンクに溜まっていた洗い物を片づけた。
三十分も経たずに戻った蓮が買ってきた食材で、具だくさんのスープとサンドイッチを作り、ささやかな夕食を取る。
梛の分のサンドイッチは冷蔵庫へしまい、使った道具や皿を洗い終えれば、もうやることは何もない。
しかし……このまま帰るのも、梛が起きるまで待つのも、ためらわれる。
「ねえ、蓮……どうすべきだと思う?」
顔に「さっさと帰りたい」と書いてあるが、蓮は思ったままを口にしなかった。
「……椿は、どうしたいんだ?」
「わたし……」
蓮を不快な気持ちにさせてまで、梛にかかわる必要があるのかと問われれば、「ない」と答えるべきだ。
けれど、どうしたって気になる。
放っておけない。
「……気になる。わたしの独断で、彼女の抱えている事情を話してしまったし……梛のこと、放っておけない」
正直な気持ちを口にすると、蓮は苛立ちと諦めの入り混じった溜息を吐き、ベッドで眠る梛を顎で示した。
「どう見ても、素直な性格とは言い難いからな。俺も、ソイツが彼女ときちんと向き合って話し合えたのかどうか、気になっていた。だから……さっき柾に連絡した。彼女が、間もなくここへ来るはずだ」
「えっ!?」
「どうしても放っておけないなら、いっそとことんかかわるしかない」