二度目の結婚は、溺愛から始まる


「蓮……」

「助けを求めている人間が目の前にいれば、手を差し伸べるのは、当然のことなんだろう? 相手が男の場合、広い心で許せるかどうかは疑わしいが」


自嘲の笑みを浮かべる蓮の様子に、またしても言葉が足りなかったと反省する。


(征二さんが連絡しておいてくれなければ、蓮をもっと不安にさせてしまうところだった)


大人の蓮なら、わかってくれる、察してくれると思うのは甘えだ。
不安や疑問をそのままにせず、きちんと説明しなくては、誤解やすれ違いを招く。

わたしにとって、蓮は特別な存在なのだと思うだけでなく、言葉にしなければ伝わらない。


「蓮、わたし、蓮に感じているような感情を梛に――ほかの誰かに感じたことはない。蓮以外のひとに迫られてもドキドキしないし、蓮以外のひととキスしたいと思わないわ。たとえキスしたとしても気持ちよくないし、抱きしめられても何も感じない。もちろん、抱きしめ返したいとも思わない。その……だから、わたしが好きなのは……蓮だけよ。そ、そういう意味で」


蓮は、瞬きもせずわたしをじっと見つめて、問いかける。


「好きなだけか?」

「え?」

「好意より先を求めるのは、欲張りか?」

「…………」


思っているそのままを伝えればいいだけだ。
けれど、簡単なそのひと言を口にするのが、とても恥ずかしい。


「……だけ、じゃない……あ、…………愛してる」


俯き、小さな声で呟くように告白した瞬間、舌打ちが聞こえた。


「……チッ」

「えっ」

(まさか……蓮が、舌打ちしたのっ!?)

「他人の部屋でイチャついてんじゃねーぞ」


驚いて顔を上げたわたしの頭上に落ちたのは、梛の毒舌。


「梛」


顔をしかめ、わたしを見下ろす梛に、蓮が氷点下二十度越えの冷たさで言い返す。


「他人に面倒をかけておいて、偉そうな口を叩くな」

「誰もおまえのことなんか、呼んでねーだろ」

「まずは、そのむさくるしい面をどうにかしろ。見苦しい」

「だったら、出て行けよ。ここは俺の部屋だ」

「おまえを彼女に引き渡したら、出て行く」

「は? 彼女?」

「西園寺 花梨だ。あと十分もすれば、ここに来る」

「なっ……何、勝手な真似してんだよっ!?」


慌てふためく梛を、蓮が呆れた口調で挑発する。


「プロポーズくらい、自分からしたらどうだ? それとも……フラれるのが怖くて言えないのか?」

「てめぇに、何がわかるっ!?」


梛が蓮に掴みかかり、立ち上がった蓮も負けじと梛に掴みかかる。
二人は、相手の胸倉を掴み、額を突き合わせて激しく言い争う。


「臆病で、卑怯な腰抜けのことなど、わかりたくもないな。しかも、椿の優しさに付け込んで、いいように利用して、妙な真似をしただろうっ!?」

「はっ! だったらどうだってんだ? 結婚も婚約もしていない。つまり、椿は法的におまえのものじゃない」

「法的にはちがっても、事実上は俺のものだっ!」


狭い部屋に大柄な二人がいるだけでも圧迫感が半端ないのに、いまにも殴り合いを始めそうな険悪な雰囲気にハラハラしてしまう。


「梛っ! 蓮っ! やめてっ!」


しかし、慌てて止めに入ろうとしたら、二人同時に怒鳴られた。


「椿は黙ってろっ!」
「椿は引っ込んでろっ!」

「…………」


「いい加減、腹を括れ」

「バツイチに言われたくねぇ」

「バツイチにもなれない男に言われる筋合いはない」

「偉そうに……」

「彼女は、最後におまえを選んだんだ。それ以上の何が必要なんだ?」

「…………」

「おまえにしか、彼女の望みは叶えられないんだっ! 俺なら、惚れた女の願いを叶えるためなら、全部を捨てても惜しくない」

「……バカじゃねぇのか」

「バカだろうと間抜けだろうとかまわない。やせ我慢だろうと強がりだろうとしてみせる。大事なものを守るためなら、何だってできる」

「…………」

「いくら彼女のことを遠ざけても無駄だ。自分の気持ちからは、逃げられない」


梛は、蓮の胸元を掴んでいた手を離し、ぐっと拳を握りしめた。


「何もかも、お膳立てされなければ動けないのか? 情けないヤツだな。彼女と向き合う勇気がないのなら、そう言えばいい。心配無用だ。おまえが彼女の望みを叶えられないなら、柾が叶えてやるだろうから」

「うるせぇ……」

「そんな酷い面を彼女にさらす気か?」

「…………」


梛は蓮から顔を背け、わたしに向かって「風呂、覗くなよ」と言い置いて、バスルームへ消えた。

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