二度目の結婚は、溺愛から始まる


(覗くわけないじゃないっ!)


瑠璃とちがって、好きでもない人の裸を見たいなんて、これっぽっちも思わない。


「まったく、手のかかるヤツだな……」


蓮は、梛の姿が消えると同時に、溜息を吐いて緩んだネクタイを取り払った。
呆れたような口調は、本気で腹を立てていたわけではないと示している。

梛を挑発するような言葉をぶつけたのは、わざと。
反発することで、梛が折れそうになっていた気持ちを立て直せるよう、計算ずくだったと思われる。


「蓮って……いい上司なのね。昨夜は、蓮が上司だったら、ものすごく大変そうだと思ったんだけど、撤回するわ」


褒めたつもりが、凛々しい眉を引き上げた蓮に反撃された。


「俺は、椿が部下だったら、危なっかしくて、ハラハラし通しで、心労のあまり倒れそうだと思った」

「なっ……!」

「それだけじゃない。四六時中気になって、仕事が手につかなくなるから、とても一緒には働けないだろうと思った」

「…………」

「椿と一緒にいる時は、椿のことだけを考えていたいからな」


くすりと笑った蓮がわたしの唇にキスを落とした瞬間、間延びしたチャイムの音が狭い部屋に響き渡った。


「……梛?」


控えめな声が、ドアの向こうから聞こえる。
お行儀のいい訪問客は、応答がなくても勝手にドアを開けたりはしない。


「こんばんは、西園寺さん」


蓮が梛に変わって出迎えると、びっくりした様子で大きな目を瞬く。
暗がりにほんのり浮かび上がる薄い桜色のワンピースを着た彼女は、相変わらず美しい。


「あ、の……」


戸惑う彼女に、蓮はすかさず自己紹介した。


「雪柳 蓮です。大雑把に説明すると……柾の部下で、椿の元夫です」

「はじめまして、西園寺 花梨です。柾さんと椿さんには、とてもお世話になっていて……」

「霧島はシャワー中なんです。どうぞ中へ」


きっと、何度もこの部屋を訪れたことがあるのだろう。
彼女は、狭い部屋に驚く様子もなく、スプリングが壊れたソファーに座った。


(ものすごい違和感なんだけれど……)


どこからどう見ても、このオンボロなアパートの一室には永遠に馴染めそうもない生き物だ。


(とりあえず……長居は無用よね。梛も逃げ出しはしないだろうし……)


梛と彼女の話し合いの行く末は気になるが、さすがに立ち会うのは行き過ぎ。
あとで、話を聞ければ十分だ。


「ええと……それじゃあ、わたしたちはそろそろお暇し……」


蓮と目配せし合い、彼女を置いて立ち去ろうとしたら、がしっと腕を掴まれた。


「待ってくださいっ!」


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