二度目の結婚は、溺愛から始まる
ほっとしながら、訂正した。
「わたしプロではなくて……アルバイトなんです。バリスタの資格は持っていますが」
征二さんのお店で働いて一年が経った頃、わたしはバリスタの資格を取り、その翌年には友人とカフェを作る計画を立てた。
大学の長期休みには、イタリアに短期留学して本場のバールで働く経験を積み、カフェでのアルバイト代、単発で頼まれる絵画モデルの報酬は、すべて開店資金につぎ込んでいる。
「アルバイト?」
「大学生なんです」
「バリスタを目指しているんだ?」
「はい。自分のお店を持ちたいと思っています」
「君ならできるよ、きっと」
彼は優しく笑って、カップを指さす。
「写真を撮ってもいいかな? 同僚たちに自慢したいから」
「はい。どうぞ」
スマホを取り出した彼は、カップに浮かぶ犬の姿を写し、改めてわたしを見上げた。
「今日は、ぜひとも取りたかった契約がダメになって、ちょっと落ち込んでたんだ。でも、このラテアートのおかげで元気が出たよ。ありがとう」
満面の笑みと嬉しい言葉を受けて、かぁっと顔が熱くなる。
「あの……それなら、よかったです。どうぞ、ごゆっくり」
逃げるようにしてキッチンへ戻ると、さっきよりもニヤニヤしている征二さんに出迎えられる。
「喜んでくれた?」
「はい!」
「よかったね。で、連絡先は聞いた?」
征二さんが声を潜め、続けて訊ねる。
「えっ!? そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」
押し殺した声で反論すると首を傾げられた。
「どうして? だって、気になるんでしょ?」
「そうだとしても、お客さまにそんなことできません」
「あ、認めるんだ」
「え」
失言を取り消すにはもう遅い。
「顔を真っ赤にして……かわいいなぁ、椿ちゃんは」
「からかわないでください!」
「見ているだけじゃ、何も始まらないよ?」
「べつに、どうにかなりたいわけじゃなくて……」
彼の姿を見ると嬉しいし、胸がドキドキする。
初めて言葉を交わしたいまは、足が地面に着いていないんじゃないかと思うほど、舞い上がっている。
でも、積極的になれないのは、彼の隣には美しい女性が似合うと思うから。
高身長で、万年ショートカット。
凹凸に欠ける身体は、丸みや柔らかさとは無縁。
言いたいことを言い、考えるより先に行動する。
男性の保護欲を誘う要素は皆無。
そんなわたしを「女性」として扱ってくれる男性には、未だ巡り合えずにいる。